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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

【原発推進】 日本共産党は原発を絶対に諦めない その3 

今回は不破哲三氏の「資本論の中の未来社会論」を中心に考えていく予定でしたが、都合により次回に持ち越しです。今回は次回のための準備段階的な内容になっています。

‖ 共産党の政策を「正しく理解」している松竹伸幸氏

改憲的護憲論」の著者、松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)氏。松竹氏は元共産党員(専門は外交・安全保障)で、前回の「ヒラ党員」とは異なり、党の科学・原子力技術に対する考え方を正しく理解しています。

松竹伸幸オフィシャルブログ 共産党の原発政策についてやり取り
2019年03月18日 https://bit.ly/2TXY5zM

一部抜粋

 私の信頼するある人からメールがあった。共産党の不破哲三委員長の新著『「資本論」のなかの未来社会論』を読んだ感想である。

 そこで「びっくり仰天」したこととして原発問題での叙述が引用されていた。「原発ゼロ」という共産党の政策は日本が資本主義に止まっている段階での考え方であって、社会主義(未来社会)の段階では、「安全が保障され新たな方法で人類が核エネルギーを利用することができる時代」になると不破さんが書いているとのことである。

 2011年の3.11を経て、2か月くらいたってから、共産党は「原発ゼロ」を言いだした。‥

 それから1〜2年経って、共産党に近い学者の方から、「原発ゼロ」というのは将来にわたって受け継がれる考え方なのか、そこまで転換したのかと聞かれたので、私は「違います。毎日新聞の2011年8月25日付の志位さんと社民党の福島瑞穂さんの対談記事を見てください」と、その記事を送った。



松竹氏を信頼している方であれば、おそらく共産党に理解がある(松竹氏は党を離れても応援する立場)はずなのに、不破氏の新著を読んでびっくり仰天している。何ともお笑い草です。

同様に、共産党に近い学者の方も、ハッキリ言ってヘボですよね。そんなもの、将来に渡って受け継がれるはずがないことくらい、学者であれば当然理解していないとおかしいのです。

そして、そのような疑問に対し、松竹氏は毅然とした対応で違いますと仰って(松竹氏が示した対談記事はこちら)いる。松竹氏はなかなか誠実な方とお見受けします。

 共産党は共産党なりの考え方があって、いろいろ重要分野の政策をめぐって、現在と将来を分けて考えている。それはいいのだけれど、将来のことはあまり言わないようにしているために(将来の政策では国民の支持を得られないから現在は別の政策をとっているわけだから当然だ)、多くの共産党支持者は(中心を担っている人まで含めて)、共産党の「原発ゼロ」は首尾一貫した政策だと勘違いすることになる。



もしかすると共産党員は、かなりの割合で党の方針を理解できていないのではないか?という私の仮説は、多分当たってますねwこれでは党の支持者のように、街頭演説や赤旗、ツイッター等、党の表向きの情報源に頼っている方であればなおさらのことかもしれません。

‖ たしかに今の共産党に慎重さは見られない

松竹伸幸オフィシャルブログ 現在の政策と将来の政策
2019年03月19日 https://bit.ly/2RpF2N4

現在の政策と将来の政策が異なる場合、いろいろ慎重に表現しないと、そのうち問題が起きるということである。



「原発ゼロ」という共産党の現在の政策は、共産党の将来の立場からすると、少しズレがある。より厳密にいうと、「資本主義のもとでの原発ゼロ」か、もっと縮めて言うと「商業用原発ゼロ」ということになろう。科学の見地からすると、放射線治療なども含め、原子力の有用性を全否定することはできないからだ。



世間一般で語られる「反原発」、「脱原発」、あるいは「原発ゼロ」は、原水禁のスローガン「核と人類は共存できない(=核絶対否定)」とは性質が異なります。即時・段階的かはともかく、原発をやめるからと言って、例えば放射線の医療や工業分野等への応用まで否定することは誰も考えていないでしょう。原発ゼロでレントゲンやCTもゼロ、そんなバカな話はありません。ドイツが進めている脱原発でも、そのような問題が生じているとは聞き及んでいません。

共産党の方は、関係者も含めて原発問題を語る際に、常に長年の敵対関係にある原水禁の存在を念頭に置いているように思います。ですが、それはハッキリ言って考えすぎ・被害妄想です。そもそも原水協・原水禁なんて、今となっては世間では大して知られた存在じゃないですしw

ともかく、党の本来の方針から考えれば、「資本主義のもとでの原発ゼロ」、「商業用原発ゼロ」という表現は妥当であると思います。

また、時々の共産党の政策においても、当然、将来の政策は触れられない。それだけでなく、「原発と人類は共存できない」(2017年の総選挙政策)と、将来にわたって「原発ゼロ」なのかと誰もが思うような表現が使われる。正確には「資本主義のもとでは原発と人類は共存できない」とか「商業用原発と人類は共存できない」なのに、そういう慎重さは見られない。

 この結果、何十年か先には、どんな原子力も人類と共存できないというのが党員や支持者の常識になって、その立場から政策転換が行われることになるのかもしれない。それはどういう結果をもたらしていくのだろうか。



「資本主義のもとでは~」、「商業用原発と人類は~」も同様です。私も以前から何度も繰り返してきましたが。

その上で、松竹氏は現在の共産党員の原子力政策にかんする言葉の乱れ(原発と人類は共存できない)を目の当たりにして、別の意味で危機感を抱いている。私はそのように理解しています。

その4につづく

 記事では松竹氏を「元共産党員」、すなわち離党された方と紹介しました。しかし、実は松竹氏の離党の真偽については定かではないのです。一応、離党の根拠としては、先に挙げた「改憲的護憲論」、筆坂秀世「日本共産党の最新レトリック」になります。共産党では党の方針と異なる立場の意見を発表することはできないため、それができているということは離党したのだろうという理解です。

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

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【原発推進】 日本共産党は原発を絶対に諦めない その2 

‖ 共産党の方針を理解していない共産党員

共産党は共産党なりの理屈で原発推進。ということは、仮にも共産党の党員という立場であれば、例えば間違っても「原発と人類は共存できない」なんてバカげた事を言ってはいけないはずのです。

ところが、原発事故以降、とりわけ反原発運動が盛んになってからの共産党の主張を見てみると、明らかにおかしなことになっているのです。

小池氏あいさつ 「人間と共存しない」 東京 8・6原発やめろデモ
2011/8/7 https://archive.md/J0pzB #しんぶん赤旗

一部抜粋

 夜8時にはJR新橋駅前で集会が開かれ、日本共産党の小池晃政策委員長があいさつ。「原発は人間とは共存しません。原発のない日本を、力を合わせてつくりましょう」と呼びかけました。



「原発と人類は絶対に共存できない」 〜県議5候補の福島原発被害地現地調査レポート
県議予定候補 まじま省三

2014年7月8日 https://archive.ph/FrGOP #日本共産党福岡県委員会

原発事故のせいで3・11のまま時間が止まったままの浪江町や南相馬市、40キロ、50キロ先でも、帰れる見通しがないほど汚染された飯館村、すすまない除染と放射能汚染の深刻さ、被災者の方がたの先の見えない苦しみと国に裏切られた悔しい思いなどを生で聞いて、衝撃の連続でした。
一言で言って、「原発とは共存できない」ということを、肌身で感じてきました。
私たち県議予定候補は、福島を目の当たりにした大人の責任として、「原発のない日本」を子どもたちに手渡さなければならないという思いを強くしています。


私たちは、原発の最初の再稼働がねらわれているこの九州で、「原発とは共存できない」という福島の実態を訴え、再稼働阻止へ全力を尽くします。「原発のない日本を」願う県民多数の声を、全力で県政に届ける日本共産党を、来年4月の県会議員選挙で何としても大きく伸ばしてください。



日本共産党 衆議院議員 藤野やすふみ 金曜日★官邸前抗議へ!チェルノブイリ視察と福島調査。原発と人間社会は共存できない!
2016/9/2 https://archive.ph/qeYwp

金曜日 官邸前抗議へ!
国会前エリアで、この夏、チェルノブイリと福島を連続して訪問したことを報告。この2つの場所は原発と人間社会は共存できないことを動かしがたい事実で教えています。原発ゼロの決意新たに頑張ります!



日本共産党 2019参院選・各分野の政策 30 原発問題
2019年6月 https://archive.ph/N0MQ7 #日本共産党

原発事故から5年余(※この箇所は誤植と思われます)の体験は、原発と人類が共存できないことを示しています。とりわけ日本は地震大国です。この間、規制委員会の専門家チームは、敦賀原発、志賀原発の直下の断層を活断層と認めました。ずさんな評価で原発が立地されてきたことが改めて明らかになりました。東海地震震源域にある浜岡原発はもちろん、日本で大地震が起きないといえる場所はなく、原発は直ちにやめるべきです。



党員から最近の党の政策集に至るまで、どれもこれも間違っているのです。冗談抜きで、こんなのはみんな除名処分にしないとダメですよ。各々が勝手な判断で「共存できない」なんて決めつけている。これでは党としての統制が全く取れていない、学級崩壊状態です。

かどはら武志(日本共産党東郷町議)@kadohara
2019/11/29 https://archive.ph/wip/P4lpp #twitter

原発を提案した人に国葬はないわ



こちらは、昨年の11月29日に亡くなった中曽根康弘元総理の葬儀のあり方について、かどはら町議(愛知県東郷町)が感想を述べているツイートです。

にっく@nikkunikku4

中曽根氏が原発予算を付けた1954年に原発を絶賛していたのが日本共産党ですよ。
「人類史に新しいページ」「社会主義の勝利」ではなかったのですか?



それに対して別の方が、共産党もソ連の原発を絶賛していたじゃないかと、当時の資料を元にツッコミを入れています。

かどはら武志(日本共産党東郷町議)@kadohara
2019/11/29 https://archive.ph/wip/P4lpp #twitter

当時の党の認識が誤っていたということでしょう。その事実は受け入れた上で、私は今の党の方針を支持しております。過ちを改めることと、死ぬまで改めないこととどちらが良いか。改める方がいいと私は思います。



かどはら氏も共産党を全く理解できていないようです。共産党は当時のソ連を社会主義国と認識していたため、世界初の商業用原発「オブニンスク」の運転開始を社会主義の勝利と評価したのです。それは前回説明した、「科学・原子力技術は社会主義、共産主義でこそ最大限に活用できる」という考え方に基づいています。後に共産党はソ連を社会主義から「生成期(=過程)」に格下げし、崩壊後は「ソ連は社会主義とは縁もゆかりもなかった」ことにしたわけですが、先程の技術に対する考え方は現在も堅持しています。

ホントに共産党の方々は面白い方が多いですね。不思議なことに、共産党員でありながら共産党のことを理解できていない。自分たちの政策や立ち位置がわからない状況で、日々政治活動に勤しんでいるのです。

私はもちろん共産党員ではありません。ですが、エネルギー問題を趣味として勉強している手前、少なくとも「原発・核兵器と共産党」というテーマに関しては、そこらの党員よりはよほど理解しているつもりです。

こんな連載記事をUPすると、たまに共産党や支持者の方から「反共主義者のデマ」とか「創価学会!」などと、いわれなきレッテルを貼られることもあります。ですが、私は単なる、よくある無党派層の一人です。正直、誰の肩を持つこともないので、誰にでも厳しいだけなのです。それはこれまでの記事が示すとおり、相手が反原発・反核団体、小出裕章先生のような反対派の有識者、あるいはローマ教皇であっても例外ではありません。

‖ 原発の否定は科学の否定

これまでのヒラ党員とは異なり、委員長経験者、例えば党の理論的支柱であり、「科学の目」持つとされる不破哲三氏くらいになると話は違ってきます。

日本共産党中央委員会出版局 原発問題と原子力の将来
自民党政治が青森県におしつける二つの危険(P52~)

1988/11/20 https://amzn.to/2tFpmZ9

 日本共産党は、原子力問題で、人間は原子力にいっさい手をつけるな、などという非科学的なことは申しません。人間の知恵がすすんでいくにしたがって、人類は新しい力を手に入れます。昔は木をこすって火をおこした。それが近代では石油や石炭を燃やして大規模なエネルギーを使うようになった。核エネルギーというのは、うまく使えば、石炭や石油とはけたちがいのものすごい力を出せるもので、これを人間が発見したのは、いまからちょうど五十年前でした。
 この大きな力を本当に安全でしかも平和に人類が使いこなせるようにするために、うんと知恵を使うべきだ、というのが日本共産党の立場です。



日本共産党中央委員会出版局 「原発事故」と「安全神話」美浜・チェルノブイリの教訓
今日の原発問題を考えるいくつかの基本点(P14~)

1991/12/10 https://amzn.to/2UboQhr

 もう一つの問題は、原子力発電の現段階の到達点だけを見て、そこに欠陥があるからといって、核エネルギーの平和利用の将来にわたる可能性を全部否定してしまうというのは、短絡的な議論になるということです。
 何しろ、原理が発見されてからまだ五〇年。人類の歴史からいえば、われわれは、核エネルギーを利用するほんの端緒、入り口の段階にあるわけですから、その入り口の段階で、将来の可能性を全部否定するわけにはゆかないのです。



仮にも前衛政党・日本共産党の党員であれば、安易に原発を「共存できない」などと否定を意味する、そう受け取られかねない言動は厳に慎むべきなのです。共産党にとって、原発の否定は科学の否定。不破氏の言葉を借りるならば、福島原発事故を経験して原発を否定することは短絡的な議論になるということです。共存できないとすれば、それは「資本家が独占する」、あるいは「アメリカ由来の」原発と、きっぱりと定義するべきでしょう。

不破氏の主張については、資料として少し古いのではないか?というご意見もあると思います。ご安心ください。不破氏は現在に至るまでこのような主張を取り下げていませんし、つい1、2年ほど前にも、似たような内容の論文(著作)を発表しています。それは「資本論の中の未来社会論」というタイトルなのですが、詳細については次回ということに。

その3につづく

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【原発推進】 日本共産党は原発を絶対に諦めない その1 

‖ 共産党=原発反対という思い込み

世間一般では、「原発反対=共産党」として、言わば左派の政策提言として認識・固定化されつつあります。

しかし、これが完全な間違いであることは、私が以前から繰り返し述べてきたとおりです。

共産党は元来原発推進政党であり、それは福島原発事故を経た現在も変わっていない。ここを理解していない、不勉強な人があまりにも多いため、ややもすると原発問題は、「右か左か?」という、極めてくだらない、狭い枠組みで議論されてムダな時間を費やしてしまうのです。

そして原発問題は、結局は左派の専売特許・縄張りとして固定化されてしまい、右にも左にも属さない、多数派を占める一般有権者は、この問題にアクセスすることが出来なくなります。原発事故の行き着く先に、どんなに原発に反対したくても出来なくなるという最悪の環境が整いつつあるのです。

‖ 共産党の科学・原子力技術に対する基本的な考え方

徳田球一 科学と技術におけるマルクス・レーニン主義の勝利
1949/10 https://bit.ly/2RwltS1

一部抜粋(旧仮名遣いは修正しています)

 スターリンは、また、こう言っております。
 「なにゆえに、社会主義は、資本主義的経済制度を征服し得るし、征服せねばならぬし、また、必ず征服するのであろうか?社会主義が、資本主義経済制度よりも、より高度な労働の見本と、より高度の労働生産性をだしうるからである。社会主義が、資本主義経済体制よりも、より多くの生産物を社会に供え、社会を、富ますことができるからである。」
 すなわち、資本主義よりも、社会主義の方が、生産力を飛躍的に発展させうるし、またさせなければならない、ということであります。これは、社会制度のうえからも、そうでありますが、科学技術の面でも、マルクス・レーニン主義がまさっているのであります。そこで、原子力を運用すると、生産力はひじょうに大きく発展しますし、社会主義もますます発展します。ところが、これは、資本主義社会では、とうてい出来ません。


原子力を運用すると、生産力はひじょうに大きく発展しますし、社会主義もますます発展します。ところが、これは資本主義社会では、とうていできません。資本主義社会では、資本主義制度じたいの矛盾が、生産力の発展をじゃまする大きな逆作用になるのです。したがって、そのため恐慌がおこります。


現在、資本主義は、独占資本の段階に入っています。日本でもそうです。この独占資本になりますと競争者がいないものですから、じぶんらのあいだで協定をして、生産をある程度におさえ、利潤を確保し、現在の施設をすりへるまで、完全に使おうとします。新しい発明をして、これを実際に運用するためには、施設をとりかえなければなりませんので、独占資本は、かえって、新しい発明を阻止する傾向があります。


 さきほど、武谷先生は、形而上学ではだめだ、ということをいわれました。形而上学というのは、観念論であり、ブルジョア・イデオロギーであります。こういう形式的なものの考え方からは、ぜったいに、これからの科学技術の発展は、期待できません。唯物弁証法-マルクス・レーニン主義によってこそ、大きな発展ができることは、前にのべた原子力の問題を考えても、ミチューリン・ルイセンコ学説をみても、おわかりのことと思います。


 ですから、ブルジョア・イデオロギーにたよるならば、こんご、科学技術は、けっして大きな発展はできない、このことは、断言してさしつかえない、と思うのであります。
 要するに、わたしは、結論といたしまして、科学や、技術の方面でも、マルクス・レーニン主義こそ、勝利のカギである、ということを申しあげたいのであります。



共産党の科学・原子力技術に対する考え方。それは、資本主義における制度的な限界を念頭に、社会主義・共産主義でこそ最大限に活用できるというものです。資本主義の枠を取り払うことで、より高度な科学・原子力技術の発展により、自然環境の支配、労働生産性等の向上をもたらし、人類の生活・福祉の水準を際限なく高める。そんなところです。

これは70年前の資料ですが、共産党は当時の考え方をベースに、時代の流れに沿うように手を替え品を替えを変えながら、今日までこれらの姿勢を堅持しているのです。言わば過去問の焼き直しです。

原発問題については、先程の考え方を踏まえれば、共産党にとっての諸悪の根源は資本主義・アメリカ帝国主義にあるということになります。原発は資本主義という社会構造で推進するから危険。しかし、社会主義・共産主義社会であればこそ、原発は安全に使いこなすことができる。そのため原発に反対することは科学の否定であり、誤り(反原発・脱原発=反科学主義)であるという話になるのです。

RE:日本共産党の原子力政策に関する質問です(日本共産党中央委員会)
2014/3/29 http://bit.ly/2laKM9V

メールありがとうございました。
 そもそも原子力エネルギーは、人類にとって“第二の火”といわれるほど巨大なエネルギーで、その発見は人類史的な意義がありました。しかし、原子力の巨大なエネルギーの安全な利用のためには、エネルギーとともに生まれる強烈な放射線を制御するための技術の確立が不可欠でした。
 ところが、原子力エネルギーの利用は、不幸な歴史をたどりました。核兵器と潜水艦の動力炉という形で、最初に軍事に利用されてしまいました。現在の原発は、この潜水艦の動力炉の技術を使ったものです。「安全は二の次、三の次」という軍事利用から入り込んだ狭い枠組みの技術を利用した現在の原発の延長線上に、「より安全性の高い原発」などありえません。
 同時に、現在の原発からの撤退後に、この狭い枠組みから一旦抜け出し、初心に返って安全最優先で基礎研究を進めれば、将来にどんな新しい展開が起こりうるのかは、いまから予想するわけにはゆかないことです。「原子力の平和利用は幻想である」とか「人類と核は共存できない」と断定できるほど、人類は原子力についての研究を突き詰めてはいないと考えています。
 ですから、原子力エネルギーの平和的利用についての将来の人類の選択肢を、今から縛るようなことはしないというのが私たちの立場です。そこで新たな知見が得られれば、現在の原発の廃炉やすでに作られた核のゴミの処分にも役立つかもしれません。今の段階で可能とか不可能と決めつけるべきではないと考えています。



近年の共産党は、先程の徳田氏のような直接的な表現で、社会主義なら人生バラ色みたいなことはさすがに言いません。その代わり表現を変えて、軍事利用から入り込んだ狭い枠組み、その延長線上では原発の安全は担保されないなどと主張しています。そして、枠組み(=資本主義)から抜け出した先に、社会主義・共産主義社会での原発推進という選択肢を残しているのです。

‖ 「焼き直し」を取りこぼす原因は

共産党は一貫して原発反対という、党による原発事故に便乗した虚偽の宣伝を妄信するような人は論外です。そして、たしかに以前は推進派だったが事故を経て反原発に転じたという理解も間違いであると言わざるを得ません。

共産党は今の今まで、原発推進で一貫している。しかしその立ち位置は特殊であり、すなわち「左の(赤い)原子力ムラ」なので、ちょっとわかりにくいのです。共産党が掲げる「原発ゼロ」を額面通りに受け止めてしまう方が多いのは、主に過去問の研究不足が原因です。「原発反対」と「資本家が独占する原発反対」では意味合いが全く異なってくるのですが、このあたりの区別がつかない方が多いですね。

共産党は共産党なりの理屈で、絶対に原発を諦めることはないのです。

その2につづく

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原発推進派は一刻も早く「安倍おろし」を 

‖ 原発のリスクはゼロなのに‥

世論は原発に反対。しかし、反原発の活動家や野党は到底まともではないので、結果的に安倍政権にとって原発は全くリスクにならない。つまり政治的なゼロリスクです。たとえ今後大事故が発生したとしても自民党の優位は変わりません。

ということは、今は世論を全く気にせずに原発を推進できるはずなのですが、安倍総理はなぜか乗り気ではないのです。

原発を推進するにあたり最も大切なことは、最低限、原発事故以前の産業規模を取り戻すことです。そのために政治が果たすべき役割は多いはずなのに、肝心の安倍政権は責任ある原発推進政策を放棄しているのです。

安倍総理が結果を出さないために、例えば電力会社で原発を動かすために入社した方が失意の日々に耐えられず、結局は一度も運転することなく退職した。そんな事例も少なくないと思います。再稼働が一向に進まず、座学・シミュレーターばかりではモチベーションを保つことは困難です。こんなつまらない業界に未来はありません。

そして、将来展望のない業界に優秀な人材が集まることはありえず、現在の状況が続けば、原発は次第に機能停止・自然死に追い込まれます。

最近は安倍総理の4選も現実味を帯びてきたように思います。しかし、安倍総理にこれ以上居座られては業界としてもたまったものではないでしょう。推進派にとっての「安倍おろし」は喫緊の課題です。

‖ グレタさんに歯向かう原発推進派の無能

昨年のあたりからブレイクしているスウェーデンの環境活動家「グレタ・トゥーンベリ」さん。彼女は過激な言動やパフォーマンスで化石燃料・CO2ゼロを訴えて、急速に国際的な支持を広めています。その上、グレタさんへの反論は一切許されない。そのような雰囲気さえあります。まさに時代の寵児、カリスマの登場です。

化石燃料もCO2もゼロ。ということは、グレタさんは原発推進派にとってはうってつけの人材のはず。ところが推進派の多くがグレタさんを批判して、ちょっとした「炎上」騒ぎになっています。

石井孝明(Ishii Takaaki)
2019/12/6 https://archive.ph/YisLX #twitter

世界最大の温室効果ガス排出国の中国に行かないグレタ 。まさか欧州過激NGOにも、赤いお金が・・・



石井孝明氏は、日本で原発稼働ゼロが続いていたときは、石炭火力でCO2を大量に撒き散らしている、温暖化が進んでいるなんて大騒ぎしていたと記憶しています。それがグレタさん相手に、日本は大してCO2を出していないというグラフを出しているのです。まあ日本の場合は、原発や再エネがいくらあったところでCO2の量は大して変わらないことは確かなのですが。それからグレタさんは、今年は中国に行くという話もあります。

野口健氏 電車移動のグレタさんに「馬車でご移動かと」投稿 批判の声も
2019/12/12 https://archive.ph/gPhNz #デイリースポーツ

一部抜粋

 登山家の野口健氏が12日、ツイッターを更新。スウェーデンの環境活動家で16歳のグレタ・エルンマン・トゥーンベリさんが、スペインで開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)でスピーチした内容を報じた記事に添えられた、車窓から木立が見える列車と思われる座席で食事をしている写真を引用し、「馬車でご移動されていらっしゃるのかと想像をしていましたが…」と投稿した。



グレタさんの主張には、一見すると文明の否定とも受け取れる内容が多いのですが、それは真意ではないと思います。グレタさんの主張は一義的にはCO2です。これまでのCO2の大量排出を前提とした社会のあり方を批判しているのであり、文明そのものを否定していると解釈するのは誤りであると思います。

したがって、野口氏のように馬車を使えなんて話は幼稚なのです。大人の原発推進派であればこそ、一緒にCO2削減や持続可能な開発について考えましょうと呼びかけなければならないのです。

‖ グレタさんを手懐ける

グレタさんは、原発については中立からやや推進寄りというのが私の印象です。

Greta Thunberg
2019/3/15 https://bit.ly/2QXEFJt #facebook

一部抜粋

Personally I am against nuclear power, but according to the IPCC, it can be a small part of a very big new carbon free energy solution, especially in countries and areas that lack the possibility of a full scale renewable energy supply - even though its extremely dangerous, expensive and time consuming. But let’s leave that debate until we start looking at the full picture.



グレタさんは個人的には原発に反対としつつも、IPCCも認めている、特に大掛かりな再エネを設置できない国々とってはCO2削減の解決策の一つであり、リスクが有ることは承知しているが、結論は急がず様子を見させてくださいという見解を示しています。

これなら金額次第で転がすことは十分可能だと思います。彼女の活動・パフォーマンスはどう考えても効率的ではないので、その分だけ余計にお金がかかるからです。

原発マネーはこういうところに使わないとダメだと思います。相手に意見を言わせないキャラクターの起用は、業界にとってこの上ない味方になるでしょう。たとえちょっとした対談企画のギャラが10億、20億円でも安いです。電気事業連合会あたりも、今どき石坂浩二氏を起用しているようではインパクトが弱いです。有名漫画家を起用しての啓蒙活動も昔ながらの広告戦略で、真新しさがありません。

業界的には安倍4選阻止、そしてグレタさんを広告塔に起用する。これらが現状の打開策としては最善手になるでしょう。

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反核・反原発団体は令和時代を生き延びることが出来るか? 

‖ 反核=原発推進の論理

原子力の平和利用。原理的には、これは原子力の軍事利用に反対し、平和利用に賛成するという意味です。いわゆる反核の「核」とは核兵器のみが批判の対象です。

このような考え方に基づけば、必然的に「反核=原発は賛成」となります。核戦争は絶対に起こさせない、一日も早い核廃絶を。ただし原発は平和利用だから推進する。

したがって、福島原発事故や核のごみ問題等、これまでに起きた原子力の平和利用がもたらした、あらゆる事故や諸問題の責任の一端は、当然、反核派も免れないのです。

プルトニウムを大量にため込みながら世界に非核化を訴える日本
2019/9/12 https://archive.md/Uakdh #朝日新聞GLOBE

一部抜粋

――川崎さんは、2017年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」の活動で知られています。ICANも「脱原発」の立場なのでしょうか。

ICANは世界の500以上の団体が加盟し、原発に対する意見も様々だ。そのためICANは原発について賛否の立場を取っていない。ただ、ウラン採掘への反対運動から反核運動に発展したオーストラリアの団体は、核兵器も原発も、両方だめという立場。英国も、伝統的に反原発と反核運動の親和性が高い。



もちろん、反核+原発反対という立場の団体も無くはないのですが、これは極めて例外的な事例です。事実として、核兵器禁止条約の前文では、原子力の平和利用は「譲れない権利」と規定されています。反核の議論において、原発は推進が圧倒的な多数派であり、全く問題とはならないのです。

‖ 平和利用がもたらす核兵器の拡散

先程の反核派の責任論には続きがあります。

原発の利用、完全な安全性が必要=ローマ教皇
2019/11/27 https://archive.ph/NIaQJ #reuters

一部抜粋

ローマ教皇フランシスコは26日、原子力発電について、人類や地球環境にとって完全な安全性が保証されるまで利用を控えるべきだとの認識を示した。

アジア歴訪の終了後、ローマに戻る教皇特別機上で記者団に語った。



教皇は「核エネルギーの利用は(安全性に)限界がある。完全な安全性が実現できていないためだ」とし「個人的な意見として、私は完全な安全性が実現するまで、核エネルギーを利用しない。災害が起きないという保証が十分ではない」と述べた。



先月来日したローマ教皇。教皇は帰り際に、原発の是非について「完全な安全性」が無ければ利用するべきではないとする見解を述べています。一部ではローマ教皇が脱原発を宣言などと報じたみたいですね。

しかし、私は教皇の見解について、完全な安全性の話はさておき、「この人はホントに核兵器に反対してるのかな?」と首を傾げてしまいました。

これまでの核兵器の拡散の事例を踏まえれば、実は原子力の平和利用がその発端・呼び水になっているのです。例えば北朝鮮にイラン。北朝鮮はソ連、イランはアメリカが平和利用のための技術や資材等を提供し、それが巡り巡って今の問題に繋がっているのです。もちろん、ソ連やアメリカも核兵器を持たせる意図などありませんでしたが。

結局のところ、原発の安全・危険は関係が無いのです。リスクの有無はさておき、平和利用のための技術が普及するほど、かえって核兵器の拡散リスクが高まる。原子力の平和利用が抱える最大の矛盾です。つまり、反核という考え方自体に核兵器を拡散させてしまう矛盾を抱えているとも言えるでしょうか。

‖ 反核・反原発団体が日本とアメリカを敵対視する理由とは?

核兵器・原発問題における今の私の関心事は、それぞれのリスクについてではなく、なぜ、特に日本の反核・反原発団体は執拗に日本とアメリカを敵視するのか?ということです。核兵器に原発、これらに反対する論理に触れると、とにかく「平和の敵は日本とアメリカ」みたいな主張がセットになってきます。むしろそっちがメインじゃないかと思えるほどにw

社説 ローマ教皇 核廃絶の訴え 共に前へ
2019/11/27 https://archive.ph/n6I9T #北海道新聞

一部抜粋

演説で教皇は禁止条約に触れ、「迅速に行動し、訴えていく」と強調した。戦争のための原子力利用は「犯罪以外の何ものでもなく倫理に反する」とも訴えた。
 注目されるのは核保有への非難と核抑止論の否定だ。「核戦争の脅威で威嚇することに頼り続けながら、どうして平和を提案できるのか」と問いかけた。
 日本は米国の「核の傘」に頼っていることを理由に禁止条約に背を向けている。菅義偉官房長官は核の傘に依存する安全保障政策に変わりはないとした。
 こうした姿勢では、核保有国と非保有国の橋渡しに努めるとの安倍晋三首相の主張に、全く説得力がない。
 唯一の戦争被爆国である日本は教皇の決意に応じ、禁止条約を批准して核廃絶の先頭に立つべきである。



これは北海道新聞の社説ですが、大半の反核・反原発団体の主張と同様です。日本は核兵器廃絶の先頭に立つため、範を示す意味で自らの安全保障を放棄するべきという内容です。

プルトニウムを大量にため込みながら世界に非核化を訴える日本
2019/9/12 https://archive.md/Uakdh #朝日新聞GLOBE

一部抜粋

イランや北朝鮮に対して核開発を「やめて」と言わないといけないときに、日本が問題解決を複雑にする。「日本が認められているならいいじゃないか」「日本のように平和利用に取り組みつつ、高度な技術でプルトニウムを作れるようになりたい」と言われたら、今の日本の態度では、認めないという説明がつかない。世界が目指す「核の脅威」の封じ込めを妨害し、核拡散の温床になる。



反核団体は日本のプルトニウム利用を批判するわけですが、これも無理があります。第一に、日本は平和利用以外の意図は現状では全くありません。それに核兵器を作るなら、より威力や確実性で勝る「兵器級」を密かに開発するでしょう。

そしてプルトニウムであれ何であれ、平和利用の権利はNPTでも認められています。もちろん、日本がやめるからと言ってイランや北朝鮮が追従する保証もありません。核兵器の問題とは別に、両国とも平和利用は今後も推進すると明言しています。

反核・反原発団体が日本とアメリカを敵視する理由。私もいまのところ確信は持てないのですが、これは「第五福竜丸事件(1954)」が基礎であると考えています。これはアメリカによる水爆実験で、日本の漁船が大量の放射性降下物を浴びて船員が被ばくした事例です。

周知のとおり、日本の反核運動の起点となったのが第五福竜丸事件です。アメリカによるヒロシマ・ナガサキに続く第三の被爆。そしてアメリカとの経済的なつながりから責任を追求できない日本政府。反核運動には当初から日本とアメリカを敵視するだけの根拠が揃っていたと言えるでしょう。

日本の反原発運動は、歴史的には原発の建設が盛んになる70年代以降とされています。しかし、私はこれも第五福竜丸事件ではないかと考えています。日本がアメリカを批判できなかった理由は、ちょうど原発の技術を導入する直前だったという事情もあったはずです。原発技術を導入するために核実験を不問に付す日本政府の不作為。これが反原発運動の基礎になった可能性は高いと見ています。

しかしです。反核・反原発団体がいかに「諸悪の根源は日本とアメリカ」、「日本(アメリカ)が○○を止めさえすれば他国も追従する」‥等と力説したところで、イデオロギーより現実を重視する一般の方々にはほとんど理解されないと思います。

この種の団体もいつまでも時代錯誤な主張ばかり繰り返していると、世間から見放される日も時間の問題かと思います。

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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