01// 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28. //03
 

冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

日米原子力協定の自動延長と迷走する原発反対論の今後について考えてみる(補足) 

‖ それでも腐ったミカンは放り込まれる

前回その4のとおり、現在の脱原発論(運動)の最大の欠点は、議論の俎上で中身の伴わないデタラメ(=腐ったミカン)が蔓延しやすい上に、それらの処分がうまくできていないことにあると結論づけたところです。そのため原発問題は余計に混乱をきたしてしまうのです。

しかし、現実は非情です。今まで溜まり続けた腐ったミカンを処分する前に、また誰かが腐ったミカンを放り込んできて、ますます議論は迷走を深めてしまうのです。

今回の「誰か」は、先日の中国新聞の社説です。

社説 日米原子力協定の延長 核燃サイクルと決別を
2018/1/31 http://archive.is/d5d3v #中国新聞

内容的には酷すぎるというのが率直な感想で、以下に気になった箇所とその理由を述べていきます。日米原子力協定については過去の連載記事でも解説してきましたが、こちらも合わせてお読みいただければ、今回の中国新聞の社説はおかしなところだらけであることは一目瞭然です。

‖ 日米原子力協定とは、事実上の核不拡散条約である

被爆国には核拡散防止の先頭に立つ責務がある。保管施設のプルトニウムを狙うテロ集団などへの警戒も欠かせない。同盟国だからといって米国から核燃料サイクルを例外的に認めてもらう構図自体、おかしな話だ。

 核保有の可能性を巡っては歴代の日本政府は重ねて否定してきたが、最近は一部の国会議員からも肯定論が聞かれる。北朝鮮情勢に関連して、就任前のトランプ米大統領が日本と韓国の核兵器保有を容認するかのような発言をしたのも気掛かりだ



繰り返しになりますが、日米原子力協定(二国間協定)の主旨は、あくまで「核不拡散」です。日米間に限らず、各国で締結されている原子力の平和利用にかんする二国間協定は、国際社会の共通の利益である、核不拡散体制の維持・推進に寄与していることは間違いありません。

そして、協定によって定められる原子力利用は、全て平和利用に限られます。その意味で言えば、その是非はともかく、再処理もまた平和利用の手段の一つとも言えます。

アメリカの一部議員、あるいはトランプ大統領による日韓の核保有容認とも受け取れる発言の存在(ただし、トランプ氏の場合は就任前)は私も承知していますが、彼らは基本的に物を知らないだけです。日本でも与野党を問わず、何かにつけて妙な事を仰る先生(ネットの真実を真に受けて炎上とかw)は少なからず存在します。

それから、日本が保有する、原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウム(日本11トン、英仏預かり分37トン=計48トン)は、必ずしも日本の核武装と直結するものではありません。

いわゆる余剰プルトニウム問題は、一義的にはテロリストなどに核物質を盗まれる(悪用)ことにあります。核兵器用途としては品質に問題のある原子炉級のプルトニウムは、国家安全保障上の計算できる兵器としては利用が困難とはいえ、テロリストにとっては、とりあえず核爆発を起こせば勝ちという意味の違いです。

‖ 協定上、再処理は「権利」であり、当然、「権利を行使する義務」は生じない

「利用目的のないプルトニウムは持たない」ことを日本政府は原則としてきた。核廃絶の機運を高め、あらぬ疑いを持たれないよう、核燃料サイクルと決別するのが筋であろう。

 思考停止や前例踏襲の自動延長ではなく、ルール上認められる半年前の破棄通告を真剣に検討すべきだった。こうした動きが政府になかったのが残念だ。



この社説の一番おかしな箇所はこのあたりだと思います。核燃料サイクルと決別するのが筋という主張には私も同感ですが、次の段落では、決別するために半年前の破棄勧告を検討するべきだった(それが残念だ)と、全く意味不明なことが書かれています。

どうもこの社説の内容は、原発反対派の多くに見られる、「日米原子力協定があるから日本は原発をやめられない」、あるいは「協定が再処理(核燃料サイクル)を義務付けている」という、協定にかんする典型的な誤解が前提になっているようです。

原子力規制委員会 日米原子力協定(1988年度 PDF)
1988 http://bit.ly/2B1n1JU

第五条一項より抜粋

この協定に基づいて移転された核物質及びこの協定に基づいて移転された資材、核物質若しくは設備において使用され又はその使用を通じて生産された特殊核分裂性物質は、両当事国政府が合意する場合には、再処理することができる。



条文のとおり、日本はアメリカ由来の核物質を、「両当事国政府が合意する場合」に再処理が出来る。アメリカとしては「ホントは嫌だけど、やりたければどうぞ(ただし悪用はしないでね)」というスタンスですから、すなわち日本の再処理(核燃料サイクル)事業は、その推進・撤退の判断は国内政策次第ということです。

もちろん、現在の日本の国策としては核燃料サイクルは堅持というわけですが、これはアメリカがどうこうというような問題ではありません。日本には核燃料サイクルを推進する以外の選択肢を実質的に備えていないことが問題(ただし、今後は従来の全量再処理路線を一部変更するという話もありますが)なのです。

しかし、その気になれば核燃料サイクルは日本の判断でいつでもやめられるのに、なぜ協定の破棄を真剣に検討しなければならないのか?ひょっとすると、この社説の執筆者は一杯飲んで原稿を書いたのではないかと、私は真剣に疑っています。

‖ 日米原子力協定の破棄を呼びかける中国新聞こそが無責任

まず日本がこれ以上、プルトニウムをため込まないことだ。日米原子力協定は自動延長しても、半年後には打ち切りを含め方針転換できる。政府が4年前に原発回帰路線を明らかにしたエネルギー基本計画も改定作業に入っている。「核のごみ」処分問題を含め、将来に責任を持つ政策が求められている。



やはりこの社説の執筆者は、協定によって日本は再処理(プルトニウムを溜め続ける)を義務付けられているという前提で原稿を書いているとしか思えません。再処理政策を転換するためには協定の破棄が必要であるという、そんな結論です。

しかし、執筆者は当然新聞記者なので、まさか協定の条文を読んだことがない・理解していないわけもないはず。だとすれば、わざと協定の内容を曲解して、読者をミスリードさせようとしていることになるのでしょうか。‥一体何の目的で?

日米原子力協定は、日本に原発の推進や再処理を義務付けるような理不尽な条約ではなく、協定の主旨(核不拡散)に加え、原発の是非にかかわらず、原子力分野における日米間の協力(脱原発であればバックエンド事業や各種基礎研究等)は今後も不可欠なものであり、少なくともこの協定の破棄は賢明とは言えません。

私から言わせていただくのなら、このようなわけのわからない社説を発表する中国新聞こそが無責任です。

しかし、こんなくだらない社説に惑わされないでくださいと私がいくら主張しても、やはり反対派の皆さんは真に受けて大騒ぎするのでしょうね。それこそが「腐ったミカンの方程式」なのですが。

- おわり -

スポンサーサイト

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

comment(0) | trackback -- | edit

page top

日米原子力協定の自動延長と迷走する原発反対論の今後について考えてみる その4 

‖ 協定の自動延長と今後の原発反対派の行動パターン5類型

日米原子力協定の自動延長の確定(7月16日以降は実質無期限、ただし、日米いずれか一方が6ヶ月前に文書で通告すれば終了)を機に、果たして今後、原発反対派はどのような行動を取るのか。私なりにいくつかのパターンを想定してみました。

  • 協定の自動延長により、もはや原発ゼロが不可能になったと勝手に誤解して諦める(1.詐欺の被害者型)
  • 原子力協定の自動延長反対運動(2.無意味な闘争型)
  • 協定の規定に則り、6ヶ月前の事前通告による終了を目指し、あくまで破棄にこだわる(3.永久闘争型)
  • 陰謀論から足を洗い、原発ゼロを諦めない(4.脱洗脳型)
  • もともとこの手の話をデタラメであると見抜いていて、今後も反対し続ける(5.高リテラシー型)

1番目は、私は「詐欺の被害者型」と定義しましたが、これは「日米原子力協定を破棄しないと原発は絶対にやめられない」という詐欺師のデマを信じ、協定が継続することになったので、じゃあ諦めましょうという、極めて素直なタイプです。

2、3番目。「無意味な闘争型」に、「永久闘争型」。これらは連続性を持った関係です。すなわち、今後もデマに踊らされて無意味に怒り狂い、当面は「自動延長反対デモ」みたいな行動に出る。そして延長期間に入ると、「政権交代を実現して協定を破棄しよう!」みたいな運動に転化するという見立てであり、今後も見えない敵と戦い続けるタイプです。

4番目は「脱洗脳型」。ある時期までデマに傾倒していたものの、例えば河合弘之弁護士のお話や、逢坂誠二先生の国会質疑、あるいは当ブログの記事などをきっかけに、正気を取り戻すことが出来た方々。これからは心機一転で原発問題に取り組めるタイプです。

5番目は「高リテラシー型」で、これは2ch系のまとめサイトやツイッター、原発反対デモなどで流れてくる、真偽不明の「原発の隠された真実」みたいな話は決して鵜呑みにはしない。その場の勢いやノリに流されず、冷静に考えられるタイプです。

‖ それぞれの行動パターンをどう見るか?

1番目に該当する方々は、私から見ると、とてもかわいそうな人たちであると思います。なにしろ、誰かが勝手に決めた「原発がやめられない理由」を真に受けて、その結果、諦めてしまうわけですから。河合弁護士も以前より、今後このような人たちがたくさん出てくることを危惧していて、デマに気をつけろと再三忠告していたわけですが。

どうでしょう?デマに乗せられて原発ゼロを諦めるのはもったいないと思います。

日米原子力協定は原発ゼロの障害ではありませんし、日本としても、原発を推進・撤退にかかわらず、どの道この協定は必要になります。百歩譲って破棄したとしても、結局は再度アメリカと似たような内容の協定を締結することになるので意味が無いのです。

2.3番目というのは、ある意味では原発反対派にとっては最も厄介な存在と言えるでしょう。彼らは今後も見えない敵と戦いながら、同時に様々な「隠された真実(=デマ)」を吹聴し、反対論に害を与え続けます。「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない(ゲーテ)」という格言もありますが。

4番目の方々も安心してはいけません。自分が騙された理由を検証し、今後の対策を講じていなければ、今度はまた別のネタで騙される結果になるでしょう。場合によっては、再度「真実」に目覚めて、3.に合流する可能性も。

これは私の勘ですが、1から4に該当する方々は、やはり社会問題とイデオロギーを分けて考える(今回の話題であれば原発と対米感情)のが苦手であるように思います。対米従属という視点で原発問題を考えると、原発や再処理もまたアメリカの命令で推進を義務付けられているというような、事実関係とはかけ離れたストーリー展開になるのでしょう。

5番目は、当ブログで登場した人物で言えば、例えば河合弁護士、平智之氏に、逢坂先生。それからこの私、冷やしたぬきですね。自分でリテラシーが高いとか、うぬぼれてますねw

しかし、私は5番目を「高リテラシー」と定義したものの、別に「標準」でも何でも良かったのですが。どちらかと言えばリテラシーは高い低いで語られる印象なので。

そのような意味では、私はリテラシーが高いとは思いません。というよりも、私は反対派が今後も迷走するのが楽しみでもあるので、やはり5.に分類するのは不適切でしたw

そして、高リテラシーと言っても、これには例えば、何か特殊な才能や高度な学歴が求められるとか、そのようなことは一切ないと思います。

要は、聞き慣れない話に対して、「ホントにそうなのかな?」と、一呼吸置くことができるかです。こうすれば自分で資料を取り寄せて調べてみるなり、より詳しい人の見解を伺うことも出来ます。逆に自分の能力に自信がないほどに、物事は慎重に考えられるとも言えるでしょう。私も自分に自身が持てない、というより、自分すら信じられないタイプですw

つまり、たとえ東大京大卒であろうと、ダメな人はダメなのです。世の中頭が良くてもボロい人はたくさんいます。

‖ 腐ったミカンと原発反対論のごみ掃除のすすめ

原発ゼロ社会を実現するための考え方は人それぞれとしても、やはり最低限、中身の伴わないデタラメが蔓延することは一番あってはならないことだと思います。本来検討するべき諸課題・優先事項に、全く無意味な話が入り込み、そのために議論が迷走を深め、ひいては原発反対論そのものに悪影響を与える可能性があるからです。

実際は可能性どころではなくて、既に実害も発生しているのですね。だからこそ、先ほど紹介した河合弁護士や逢坂先生のように、原発ゼロ社会の実現のために第一線で日々努力されている方々が、愚にもつかない与太話に再三足を引っ張られて困っているわけです。

そして、これからはデタラメを真に受けて、原発ゼロを諦めてしまう(既に諦めた)一般の方も大勢出て来るでしょう。

何というか、これは古いドラマの話ですが、「腐ったミカン」のたとえなのですね。原発をやめるために様々な諸課題を一生懸命考えるうちに、誰かが何らかの意図で「原発の真実」という名の腐ったミカンを次々と放り込んでくる。そのため次第に新鮮なものが腐っていき、行き着くところは、全体として機能不全に陥ってしまうわけです。

それでも、「不確かな情報・明らかな誤りは正す」という自浄作用があるならまだいいのですが、結局のところ、福島原発事故以降の新しい原発反対論は、腐ったミカンを処分すること無く現在に至ってしまったわけです。現代はネット社会ということもあり、わかりやすいデマほど拡大再生産されやすいという問題もあるのですが。

この辺りは、以前の連載記事でも触れた話です。原発推進側が資源(資産)と言い張るプルトニウムが実態としてはごみであるならば、原発反対側の中にも、今までに相当な量の「ごみ」を溜め込んできたはずです。

原発反対論における腐ったミカン。すなわち、反対論に資する有効な資源ではなく、明らかなごみの類い。本来はもっと早めの段階で捨てておくべきでしたが、そろそろ本当にいい加減にしないとマズイと思うのです。

- おわり -

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

comment(0) | trackback -- | edit

page top

日米原子力協定の自動延長と迷走する原発反対論の今後について考えてみる その3 

今回はタイトルからは少し離れた、箸休め・余興的な内容になります。

‖ いわゆる「左派」の外交・通商観

これも本来は、「左派は」と一括りにしてはいけないのでしょう。あくまで私の印象論として、どうにも左がかった方々は、例えば外交・通商等にかんする交渉事について、ある種の独特な価値観をお持ちの方が多いですね。このあたりが原発反対派において、しばしば根拠の乏しい陰謀論・トンデモ論が蔓延する原因なのかもしれません。

では、その独特な価値観とは何かといえば、例えば現状の日本はあらゆる面でアメリカの属国・言いなりであるとして、「対等な日米関係の実現を」とか、貿易等の通商交渉において、何か一つでも日本が譲歩すると、歴史的敗北・日本が滅びる等というように、交渉事はこちら側が常に一方的に勝たなければ負けと考える、「ゼロサム的な思考」です。

これらの話の前提としては、いわゆる対米従属論、あるいは日本は何事も常に負け続けているという極端な被害者意識にあるようです。日本はアメリカの奴隷なので常に付き従う。日本はアメリカを含め、外交交渉では常に負け続ける悲劇の主人公というような感じです。

日本はどんな国とも対等で、交渉事は100%勝たなければならない。このような話は考えるまでもなく実現不可能であることは明らかなのですが、たしかに日本国内においては、このような話がある種のリアリティーを持つ論説として支持されている側面は否めないでしょう。

‖ 対等な日米(外交)関係などありえない

リチャード・L・アーミテージ ジョセフ・S・ナイJr 春原 剛 アーミテージ・ナイ緊急提言日米同盟vs.中国・北朝鮮
2010/12/16 http://goo.gl/RoyZdc

一部抜粋

 春原 ・・鳩山由紀夫前首相が掲げた「対等な日米関係」について、どう思われますか?
 アーミテージ 最初に感じたのは、鳩山氏は日米同盟というものをきちんと理解していないのだということです。米国が維持している国防費の規模や軍事力、そして世界最大の経済力ということを考えれば、日米関係は対等ではないのです。
 一方で、双方の考えに耳を傾け、相談するという観点に立てば、それは対等であるとも言えます。身近な例で言えば、私が国務副長官の時、外務相の竹内行夫次官とは日米戦略対話を重ね、竹内次官は当時、米国が何を考えているかを完全に理解していたはずです。もし、これを「対等」と呼ばないのであれば、我々は誰にも「対等な関係」など与えることは出来ない。もちろん、中国に対しても、です(笑)。 



日米関係。アーミテージ氏が仰るとおり、特に経済力(現在は米のGDP2000兆円に対し、日本は550兆)、防衛費(同様に米60兆、日5兆)という観点で両国を比較すれば、これは全く対等ではありません。しかし、対話という意味で言えば対等であり、これを否定すればアメリカはどの国とも対等ではない。私も同感です。

 ナイ 真に対等な関係を築くためには、日本は核兵器を独自に開発し、独自の外交を実現するという決断をくださなければなりません。しかしながら、私は日本が独自の核を開発し、防衛政策において完全な自主・自立を求めているとは思いません。・・
 一方、この関係は別の意味ではもちろん、平等なパートナーシップでもあります、例えば、法的(国際法上)には、双方は完全に平等な立場にあります。仮に日本が明日にでも在日米軍兵力の国外退去を求めるのであれば、日本はそうできるのです。でも、実際には軍事的な不均衡、非対称性があり、不平等でもあります。・・
 ・・しかし、実際にはすでに(日米が)平等でもあると言いました。つまるところ、それは一体、「平等」という言葉で何を意味しようとしているか、という点に尽きるわけです。



ナイ教授が仰るように、日本がアメリカと真の意味で対等に渡り合うのであれば、やはり再軍備と核武装が必須の条件になるでしょう。もちろん私はオススメしませんけどw

 春原 それに関連して言えば、たとえば「特別な関係」と言われる米英同盟も「平等」ではないですよね。
 ナイ その通りです。平等ではありません。なぜなら、英国は米国よりも経済規模が小さく、軍事力も小振りです。英国は(日本と違って)核兵器も保有してはいますが、それは基本的に米国の核戦力の小さな一部分に過ぎません。そういった意味では、本当に平等なパートナーシップなどはありえないのです。ただ、法的観点から言えば、米英関係も日米関係同様、平等に主権を有する2つの国家が形成するパートナーシップなのです。



しかし、仮にこれらを実現したところで、やはり対等にはなれない。既存の核保有国がアメリカと対等かといえば、それは全く違うからです。もちろん、日本がアメリカと互角の戦力を保有するというのは、これは全く非現実的といえるでしょう。

日米関係はたしかに非対称ではあるが、同時に対称的でもある。不平等であり、法的には平等でもある。アーミテージ、ナイ教授が仰る話は極めて常識的と思われます。

それでは世界最強の経済・軍事力を有するアメリカが世界を好き勝手に出来るのかといえば、それは必ずしもそうではありません。例えば核(原子力)問題でいえば、昨今の北朝鮮核開発、イラン核合意、それから日本の核燃料サイクル政策もそうです。本来は全てアメリカが望まないことが、どれも思惑通りとはなっていません。

そもそも日米関係に限らず、外交関係に真の対等・平等はありえず、しかし、その関係は絶対的ではなく、相対的なものである。ありがちな、圧倒的な力を持つアメリカが、世界を意のままに操っているという考え方自体がフィクションであるとも言えるでしょう。

‖ 外交交渉にゼロサムはありえない

古賀茂明 「利権の復活」 PHP新書
2013/11 http://goo.gl/eoSz8z

一部抜粋

「米国の圧力に負けた」という被害者意識(見出し)

 「TPPに参加すると米国にいいようにされて損をする」。これが反対派の底流にある懸念だ。「米国陰謀論」とでも言ったほうがよいものも多い。
 その前提には「米国が参加している交渉では、日本はいつもアメリカの言いなりになって負ける」との思い込みがある。・・
 しかし、過去の経済交渉で、日本は本当に米国にやられつづけてきたかといえば、必ずしもそうではないと私は思う。・・
 国際交渉の場では、日本が負けて産業が破壊されるといったイメージが刷り込まれているが、それは誤解、あるいは認識不足である。オレンジ自由化のときも、ミカン農家が壊滅すると言われた。サクランボのときも絶対ダメだと言われたが、いまは高級化路線をとることで発展している面さえある。
 日本が貿易交渉で連戦連敗を喫して海外の企業に食い物にされ、日本の産業が壊滅したかといえば、まったくその逆なのである。
 「米国の圧力に負けた」などと主張しているのはもっぱら既得権グループであり、既得権を侵されたことを指して「圧力に負けた」と表現しているにすぎない。


 日本国内の議論を見ると、外から押し込まれる要求をいかに退けるかが交渉のすべてだとみなしている傾向がある。しかし、TPPを含めた国際交渉の場で留意すべきは、理屈が立たない不当な要求は、二国間であっても実際にはなかなか通らない現実だ。
 たとえば、今回のTPP交渉と並行して行われる日米交渉の自動車分野で、米国側が日本に要求していることは、ほとんど二十年前の日米構造協議での要求と変わらない。・・しかし二十年前も、米国側がものすごい勢いで攻めてきたものの、そこに理屈がないと会場の場では何時間も主張しつづけられなくなる。日本側に反論しつくされて、米国側がいらだち感情的なコメントを発したり、罵り合いになったり、はたから見ればケンカしているような局面も多かった。それでも、日本側の反論が正しければ相手はそれ以上、攻められない。・・
 これが、TPPのように二国間以上となれば、「それは日本が言っていることが正しい」と主張する第三国も現れるので、ますます理屈が正しいほうが有利になる。・・交渉では何かを譲歩することが、すなわち日本にとって悪いことだという意識を、そろそろ変えた方がいい。


TPPの是非はさておき、古賀氏の仰るように、日本は外交下手で連戦連敗というわけではない。いわゆる「米国の圧力」などという話も根拠の乏しい陰謀論の類いなのです。先程の核問題と同様に、通商交渉においても、必ずしもアメリカの思惑通りにはなっていないからです。

ちなみに、この頃の古賀氏には、私も著書やコラムなどを通じ、いろいろ参考にさせていただくことも多かったように思います。しかしこの間、古賀氏も様々な社会運動に傾倒するようになった影響か、どうにもアジテーター的な気質になってしまったようで、最近はちょっと残念に思います。同様に、金子勝先生あたりも人が変わってしまったようです。

余談はさておき、どうにも左派の方は異様に「勝ち負け」にこだわる感じですね。なにがしの交渉の結果、日本が譲歩した=負け。というより、交渉したら絶対に負けて日本が食い物にされる(という前提)から、話し合う時点で負け。

しかし、アメリカに限らず、諸外国との交渉事もまた絶対的なものではなく、かといって単純に「勝ち・負け」で表せるものでもない。すなわち相対的であるのが実情と言えるでしょう。

今までの話をまとめると、左派が主張する、対等な日米(外交)関係を実現し、外交交渉では常に日本が100%勝つ。これを実現させるには、それこそ日本が世界の支配者にでもなる必要がありますが、そんなバカげた話は無いということでwそもそも対等で100%勝つなんて、それこそ非対称・不平等な矛盾した世界観ではないですか。

‖ 原発問題とイデオロギーをリンクさせない

しかし、やはり原発反対派においては、冒頭で定義した、現実には大いに矛盾を内包する、「対米従属論(+被害者意識)」が強く支持されていて、原発もまたその文脈で語られがちです。そのため、「日本はアメリカの圧力で原発をやめられない」、「日米原子力協定を破棄しなければ」みたいな話が支持されやすい。そのような印象なのです。

福島原発事事故を契機とした、「原発の是非はイデオロギーの問題ではない」という論説。私もこれに共感する立場として、イデオロギーと原発は極力区別することを心がけ、今回の話題であれば、対米感情と原発問題は別と捉えています。このあたりを取り違えると、気がついたときには自分が一体何に反対しているのかわからなくなると考えるからです。

その4につづく

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

comment(0) | trackback -- | edit

page top

日米原子力協定の自動延長と迷走する原発反対論の今後について考えてみる その2 

‖ 反米イデオロギーで語られる原発問題

過去の連載でも指摘してきたことではありますが、原発反対派の中の、特に声の大きな少数派、すなわち「ノイジー・マイノリティー」に属する人たちは、何事も「左がかった」気質で、それもかなり重症といえます。彼らは数の上では少数派でも、それなりに声が大きい(影響力が強い)のが厄介なのです。

日本社会における左派は、基本的には反米主義的な論調に立ち、世の中のすべての元凶はアメリカにあるというような、極めて単純な思考をお持ちの方も多いように見受けられます。

もちろん、左派が総じて単純という意味ではありません。そして、反米主義は左派の専売特許というわけでもないのですが、一応そのような前提で話を進めていきます。

全てはアメリカが悪い。そのような「反米イデオロギー」的な思想、色めがねで世の中を見渡すと、必然的に原発問題もまたアメリカが悪いということにも繋がる。すなわち、日本が原発をやめられない理由はアメリカの陰謀、日米間の原子力平和利用の基礎を担う、日米原子力協定にあるというような。・・ぜんぜん違うんですけどねw

‖ 反米イデオロギー vs 反原発科学者

自由なラジオ 第94回 Light Up!ジャーナル:「日米原子力協定、自動延長へ」
2018/1/16 http://archive.is/2Shvk #自由なラジオ

一部抜粋

使用済み核燃料の再処理を認めるなど日本の核燃料サイクル政策の根拠となっている日米原子力協定が、2018年7月に期限を迎えます。改定交渉の難航も懸念されていましたが、アメリカ・トランプ政権は、同協定を見直さず自動的に延長する方針を明らかにしました。日米原子力協定とは何を決めていて、日本の原子力政策にとってどのような意義を持つのか?今中哲二さんに伺います。





こちらの動画の29:10秒過ぎ辺り。日米原子力協定について今中哲二先生に聞いてみるというコーナーがあります。番組のメインは「冤罪」と「大阪都構想」らしいのですが、そんなものはどうでもいいのですw

番組内で語られている、原子力協定の取り決め、あるいは意義といったものは私のブログの解説のほうが詳しい(自信を持ってオススメします)ので、内容的には見どころ(聴き)は少ないのですが、司会の方とのやり取りで、今中先生は最後にこのようなことを仰っています。

西谷 ・・あの、福一の事故からね、もう、えー7年ですけど、だから本来はこの原子力協定を改めでですね、もう原発は作らないという、協定破棄しないと・・。

今中 多分ね、私が感じるのは、日本が原発をやめると、脱原発行くのに日米協定そのものは障害にはならないと思います。

西谷 ということは、脱原発を宣言して大丈夫ですか?

今中 日米協定というのは、あくまで日本が勝手に原爆を作らないと、という縛りの役をしている・・

西谷 あっ、そうですか、今中さんありがとうございました。

今中 はいこちらこそどうもー。



まあ今中先生のおっしゃる結論部分は正しい(何を生意気なw)のです。何度も説明してきたとおり、この協定は日本の核武装の壁であって、脱原発の障害となるものではないのですから。

しかし、仮に日本が核武装をしたい、そのためのハードルを少しでも下げるために協定を破棄するべきという主張であれば、その是非はともかくとして筋は通っています。原発反対派は日本の核武装をお望みなのでしょうか。

しかしこの番組はヒドイですね。進行役の方がさかんに「奴隷、アメリカ様、日本をカモ」などと、いかにも対米従属・反米イデオロギーに満ちた言葉を散りばめて、今中先生に協定を破棄するべきだと言ってほしいように仕向けているようにも映ります。しかし、今中先生はそのような誘いには乗らず、「障害にはならない」とピシャリ。先生、さすがですw

‖ 結局は特定のイデオロギーに飲み込まれてしまった原発反対論

原発事故後の比較的初期の頃になりますが、「原発の是非に右も左もない、イデオロギーの問題ではない」と言われていた時期が懐かしいですね。私もそのような主張に賛同する1人として、この問題を考えるようになったわけですが。

しかし、今や原発反対論はすっかり左派の持ちネタになってしまっています。ある意味、原発反対論にとって理想的とも言えた時期は、ほんの短期間に過ぎませんでした。

だからこそこの問題は、特定のイデオロギーによる風味付けにより、余計に複雑化しておかしな方向に進んでしまうのです。反対派の方々は、相も変わらず「アメリカ言いなりの原発推進政策」とか、「アメリカに忖度して再稼働や再処理を進める」みたいな与太話にキャーキャー言ってますね。バカみたいですね。

このようなご時勢で、今中先生のように特定の思想に縛られず、その場の勢いに流されずに冷静に原発問題を語れる有識者の存在は貴重といえます。このあたり、同じ科学者(原子力工学)でありながら反米活動家としての顔も併せ持つ、小出裕章先生とは一味違います。

その3につづく

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

comment(0) | trackback -- | edit

page top

日米原子力協定の自動延長と迷走する原発反対論の今後について考えてみる その1 

‖ 協定の自動延長は想定内

原子力平和利用に関する二国間の協定、日米原子力協定。こちらについては当ブログでも以前から自動延長になると説明してきましたが、終了の半年前までに日米双方で特に議論が交わされなかったということで、協定の規定に従い、そのような運びとなります。

原子力規制委員会 日米原子力協定(88年協定 PDF)
1988 http://bit.ly/2B1n1JU

第十六条 一・二項より一部抜粋

1  この協定は、両当事国政府が、この協定の効力発生のために必要なそれぞれの国内法上の手続を完了した旨を相互に通告する外交上の公文を交換した日の後30日目の日に効力を生ずる。この協定は、30年間効力を有するものとし、その後は、2の規定に従つて終了する時まで効力を存続する。

2  いずれの一方の当事国政府も、6箇月前に他方の当事国政府に対して文書による通告を与えることにより、最初の30年の期間の終わりに又はその後いつでもこの協定を終了させることができる。



日米原子力協定、自動延長へ=米側、終了求めず
2018/1/16 http://archive.is/K7QYR #時事通信

一部抜粋

使用済み核燃料の再利用を日本に認める日米原子力協定が7月の有効期限以降も自動延長されることが16日、確定する見通しとなった。

 協定の破棄や再交渉には6カ月前の通告が必要だが、現時点で米側からの打診などがないため、協定は当面維持される。



現行の88年度の協定の効力発生日は1988年の7月17日なので、その30年後(有効期限)の半年前にあたる日が、2018年の1月16日。そういう話ですね。

‖ 協定のせいでやめられないと仰っていた方はお疲れ様でした

さて、反原発界隈でまことしやかに語られる、原発ゼロの隠された真実。すなわち、日米原子力協定を破棄、あるいは全面改正しない限り日本は絶対に原発をやめられない。そのような論説を広め、この間、時間がない・手遅れになると煽った方々は、今回の自動延長の事実上の確定を機に、原発ゼロをサッパリと諦めるべきではないのでしょうか?

もちろん、日米原子力協定が原発ゼロの障害というような話は全てデタラメであるわけですが、それを信じて今まで散々騒いできたのですから、もう何をやっても一切のムダ、原発に反対する理由が無くなったわけです。

厳しい言い方(だからこその「放談」なのですがw)になりますが、毎度毎度、わけのわからないデタラメに飛びつき、それらを信じて意味もなく絶叫を繰り返す原発反対派などという人たちも、私から見れば要するにアホンダラというわけなのです。取るに足りません。

‖ 原子力の平和的利用と日独伊三国同盟

日米原子力協定の前文を見てみると、以下のような記述があります。

日本国政府及びアメリカ合衆国政府は、1968年2月26日に署名された原子力の非軍事的利用に関する協定のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(その改正を含む。)(以下「旧協定」という。)の下での原子力の平和的利用における両国間の緊密な協力を考慮し、平和的目的のための原子力の研究、開発及び利用の重要性を確認し、両国政府の関係国家計画を十分に尊重しつつこの分野における協力を継続させ、かつ、拡大させることを希望し、・・



どうにも、デタラメに飛びついて錯乱している方は、こちらの「平和的目的のための原子力」という文言から、「日本はアメリカの命令で原発・再処理を推進しなければならない決まりになっている」と曲解(妄想w)している傾向があるようです。

以前の連載でも説明させていただいたとおり、原子力の平和利用とは、その裾野は広く、何も原発に限った話ではないのです。世間一般では「原発=平和利用」と理解されていますが、原発はその一形態でしかないのです。しかも、平和利用分野の協力を継続・拡大させることを「希望する」わけですから、これは義務でも命令でもありません。

さらに言えば、この「平和的利用」という話は、何も日米原子力協定に限った話ではなく、例えば原子力利用でほかに日本が加盟している、IAEA(国際原子力機関)憲章、NPT(核不拡散条約)で、より強いニュアンスによる記述が見られます。

日本原子力研究開発機構 国際原子力機関憲章
1957(最終改正1990年) http://bit.ly/2rddlvL #jaea

第二条・第三条より抜粋

第2条 目的

機関は、全世界における平和、保健及び繁栄に対する原子力の貢献を促進し、及び増大するように努力しなければならない。


第3条 任務

機関は、次のことを行う権限を有する。
1 全世界における平和的利用のための原子力の研究、開発及び実用化を奨励しかつ援助し、要請を受けたときは、機関のいずれかの加盟国による他の加盟国のための役務の実施又は物質、設備及び施設の供給を確保するため仲介者として行動し、並びに平和的目的のための原子力の研究、開発又は実用化に役だつ活動又は役務を行うこと。
2 平和的目的のための原子力の研究、開発及び実用化(電力の生産を含む。)の必要を満たすため、世界の低開発地域におけるその必要に妥当な考慮を払った上で、この憲章に従って、物質、役務、設備及び施設を提供すること。
3 原子力の平和的利用に関する科学上及び技術上の情報の交換を促進すること。
4 原子力の平和的利用の分野における科学者及び専門家の交換及び訓練を奨励すること。



日本原子力研究開発機構 核兵器の不拡散に関する条約(NPT)
1970 http://bit.ly/2mOgFc2 #jaea

前文・第四条より一部抜粋

核技術の平和的応用の利益(核兵器国が核爆発装置の開発から得ることができるすべての技術上の副産物を含む。)が、平和的目的のため、

すべての締約国(核兵器国であるか非核兵器国であるかを問わない。)に提供されるべきであるという原則を確認し、

この原則を適用するに当たり、すべての締約国が、平和的目的のための原子力の応用を一層発展させるため可能な最大限度まで科学的情報を交換することに参加し、・・


第四条 [原子力平和利用の権利]
1 この条約のいかなる規定も、無差別にかつ第一条及び第二条の規定に従って平和的目的のための原子力の研究、生産及び利用を発展させることについてのすべての締約国の奪い得ない権利に影響を及ぼすものと解してはならない。
2 すべての締約国は、原子力の平和的利用のため設備、資材並びに科学的及び技術的情報を可能な最大限度まで交換することを容易にすることを約束し、また、その交換に参加する権利を有する。



仮に日米原子力協定が日本の原発推進を義務付けるものとすれば、電力の生産を含む原子力の貢献を促進・増大を努力しなければならない、あるいは、平和的目的のための原子力の応用を最大限に・・という文言が見られる、IAEA、NPTもまた悪魔の協定ということになり、日本が原発をやめるにはこれら全てから離脱する必要があることになります。

晩年は脱原発活動にもご尽力された、俳優の菅原文太(故人)氏は、脱原発で先行するドイツ・イタリアの事例を引き合いに、「日独伊でいい意味での三国同盟をつくってほしい」と仰ったそうですが、仮に3国で各種の二国間協定やIAEA、NPTから離脱するみたいな話になれば、これは相当きな臭い話になってきますw

念のために確認しておきますが、原子力協定およびIAEA、NPTは原発ゼロの壁では全くありません(もちろん原発ゼロで規定違反にはならない)し、先のドイツやイタリアにしても、これら既存の核不拡散体制の基礎となる枠組みから離脱する予定はありません。やりたければ日本単独でやって、せいぜい国際的に孤立すればいいと思います。

その2につづく

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

comment(0) | trackback -- | edit

page top