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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

医療被ばく問題 なぜ読売新聞は日本学術会議を批判しないのか? その3 

前回の「その3につづく」から2ヶ月ほど経ってしまいましたw

‖ 放射線被ばくをオススメするメディアや専門家

福島原発事故以降、大手メディア、原発や放射線、医療の専門家、あるいはテレビのコメンテーターなどが、そもそも放射線が人体に与える影響は少ないとか、実はもっと浴びても構わない(浴びるべき)というように、被ばくを推奨するかのような言説が多く見られるようになりました。例えば、連載1、2で紹介した読売新聞の社説がそんな感じです。

中でも特徴的なのは、読売新聞の社説でも見られる、「○○は200・500msvに相当する(だからそれだけ被ばくしても構わない)」という論法でしょうか。

例えば、私の記憶では野菜不足の発がんリスクが100~200msvとか、そんな感じです。つまり、放射線被ばくを他のリスクに置き換えて正当化を図るという方法です。

‖ 放射線被ばくのリスクを他のリスクに換算する際の問題点

放射線被ばくの問題では、今でも「野菜不足のほうが怖い」という話を見聞きします。

しかし、そもそも野菜不足でがんになりやすいという話があるとしても、実際問題として、どの野菜を食べればリスクを抑えられるのかと言えば、それは今のところわからないわけです。野菜に限らず、巷で言われる「がんに効く」とされる食べ物は、ほぼ100%、信憑性に欠けるのです。

あるいは、飲酒が200~300msvとか、そんな話もあります。酒は百薬の長ともいわれていますが、やはり飲み過ぎは禁物。

しかし、確かこの数値は毎日3~4合といった「呑ん兵衛」に相当する数値です。私もお酒はたしなみますが、毎日こんなには飲めません。

また、原発事故では、特に子どもの被ばくが問題視されたわけですが、「Q:うちの子は大丈夫でしょうか?」、「A:飲酒のリスクのほうが高い」ではフォローにならないと思います。

似たような話では喫煙もあります。確かに喫煙は、一般的には特に肺がんのリスクを高めると言われていますが、一説には直接(主流煙)よりも何十倍?もリスクが高いと言われている受動喫煙(副流煙)の影響については、実はほとんどわかっていないのです。

そして、野菜不足・飲酒・喫煙等にしても、これらは全て、「習慣」です。野菜不足習慣、飲酒習慣が続けば数百ミリの被ばくに相当するリスクになるかもしれない。

だとすれば、「被ばく習慣」もあるでしょうね。放射線の単位では大きいとはいえない10~20msvといった数値でも、5年10年‥と続けば、当然、200、300と積み上がるわけで、これは結構危険だと思います。そういう意味では、たとえ追加被ばくが1msv/yの環境でも、若い時から浴び続けるとすれば、あながち軽視できないとも考えられます。

被ばくの影響を他の病気のリスクに置き換える。様々な疫学調査などを根拠に、一応そのような見立ては可能なのでしょう。しかし、結局このような話が蔓延してしまうと、「日本人はもっと被ばくしても良い」といった、被ばくのモラルハザードを誘発するおそれがあると思います。

また、野菜不足や飲酒、喫煙等も、実際に国民的な課題としてそれらのリスクを下げる努力がなされているわけで、いわばそのような話を楯にするような論調というのは、個人的にはいかがなものかと思います。

‖ 学術会議はリスク低減を言う前に・そして読売新聞は

そもそも今回の連載は、日本学術会議による医療被ばくのリスク低減の話でした。

私は、専門家やメディアの役割は、有事の際にはなるべく安全側に立ち、リスクの低減を図るように提言なり行動を起こすことにあるのだろうと思っていました。

しかし、原発事故が起きた途端に、先の話にリンクする形で、「実は100msvまでは安全」、「500でも良い」、「毎月200まで」、「CTスキャンによるホルミシス効果」、「235sv/yでも健康上有益」等、様々な放射線安全論が飛び交い、個人的には大変怖い思いがしました。なにしろ、安全を謳う話にはこれだけの開きがあるわけですからw

学術会議の提言は結構なのですが、その前に、まずは原発事故後に蔓延した、極端な放射線安全論を諌めるべきであったと思います。医療被ばくのリスク低減を考えるなら、なぜ専門家と呼ばれる方々や、あるいは彼らを後ろ盾にする形で著名人等が、国民の被ばくを誘発するような行動に走ったのかを検証するのが先だと思います。

個人的には、原発事故で自分たちの職域(アイデンティー)が脅かされるという危機感があったように思っています。理由は職種によって様々でしょうが、平たく言えば「商売上がったりになる」ことを恐れたのだろうと。そのため、それぞれの組織防衛のために、「これだけ浴びても全然平気・むしろ体に良い」などと言い出した。

ついでに言うと、それがかえって、一般の方の放射線に対する恐怖心を必要以上に高める結果になったのではないかと。

日常的には、例えばレントゲン撮影するときでも、被ばくの必要のない部分を鉛のチョッキでガードした上で、頑丈な分厚い扉を閉めるわけです。素人目にも一応専門家は放射線を慎重に扱っていると思うわけですから。それが事故を境に、「実はどうでもいいんですw」みたいな話が出てきたわけです。

放射線安全論を吹聴する方々の思惑はさておき、片方はいくら浴びても安全で、もう片方はCTスキャンのリスクを下げましょうではよくわかりません。リスクを考える上でも、まずは放射線は慎重かつ丁寧に扱うことが大前提でしょう。

そういう意味では、今回の学術会議の提言には、若干名、人選としては不適切と思われる方(PDF)も含まれているようです。

それから読売新聞は、CTスキャンや肥満の話を用いるなどして、国民の被ばく量を緩める方向に誘導するような社説を繰り返し発表してきた手前、いまさら医療被ばくの低減を主張するのはおかしいのです。乗りかかった船というわけで、やはり「医療被ばくの低減は福島の風評被害を助長する」などとして、学術会議を徹底的に批判するべきです。

- おわり -


その他参考資料

主にその1~2

高木学校 受ける?受けない?エックス線CT検査―医療被ばくのリスク
2011 http://bit.ly/2ypqXTE
→新版が2014年にちくま文庫から発売されています

大阪府診療放射線技師会 放射線Q&Aガイドブック
http://archive.is/sAWW8

宮崎県 串間市民病院 自然放射線とは?
http://archive.is/xhTv4

京都大学・原子力安全研究グループ 今中哲二 「“100ミリシーベルト以下は影響ない” は原子力村の新たな神話か?」(岩波「科学」2011年11月号・PDF)
http://bit.ly/2lM67dn

その3

がんを防ごう1 第3部 食卓から変える 「あふれる”特効食”情報」
2015/8/5 http://bit.ly/2zw18VC #北海道新聞

生活習慣のリスク判定 専門家の調査、研究から
2015/8/5 http://bit.ly/2zxyLnV #北海道新聞

上記2点は、本来予定していた参考資料より新しいものを拾いましたので、こちらに差し替えとなりました。

京都大学・原子力安全研究グループ 今中哲二 「『20ミリシーベルト』と幻の安全・安心論」(岩波「科学」2017年7月号・PDF)
http://bit.ly/2hZW56g

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野党はいい加減、単なる冷やかし・客引き目的で原発ゼロを主張するのはやめるべきである 

‖ 前回に続いて選挙の話を

10/22、投開票が行われた衆議院選挙。ここで公示前の議席を3倍に増やした立憲民主党が野党第一党になりました。

以前の記事でも触れたとおり、立憲民主党の選挙公約は「1日も早い原発ゼロ」です。私も一応原発には反対なので、その期限はさておき、原発ゼロを目標とする政党が活気づくことは悪い話ではないと考えています。

しかし、代表の枝野幸男氏は、選挙戦でかなりおかしなことを仰っていたのが気がかりです。

‖ 立憲民主・枝野氏の「やる気」を疑う

枝野氏、立憲立ち上げ「より明確に再稼働反対言える」
2017/10/17 http://archive.is/v31Vk #朝日新聞

一部抜粋

■枝野幸男・立憲民主党代表(発言録)

 (立憲民主党の訴える原発ゼロ法案は)民進党時代の積み重ねを引き継いでいるわけですので、それをベースにして、選挙後、一定の数を与えていただければ、・・法案というかたちにして示したい。

 再稼働については、電力は量的には十分供給できているという状況だ。広域の避難計画については誰も担保できていない状況で、再稼働をするというのは、到底認められない。



できるだけ早く原発ゼロ法案を作る。こんな話はそれこそ民主党時代からあった話で、結局これができないまま今日に至っています。

原発事故から7年近く経つのにもかかわず、法案が出来上がっていない。それ以前のたたき台のようなものも見えてこない。正直、やる気があるのかなとwそして、「一定の数を与えていただければ」等と、何を甘えたことを言っているのかとw

枝野代表は選挙の勝因を「筋を通したから」などと仰っていますが、こと原発についてはどうだったのか?

枝野経産相、原発建設続行を容認
2012/9/15 https://t.co/M9c2G2utU2 #tbs

一部抜粋

14日に新しいエネルギー政策を決定したことを受け、枝野経済産業大臣は青森県を訪れ、三村知事ら会談し、県内で建設中の大間原発などについて建設続行を認めました。

「すでに(建設の)許可が与えられている原発について、変更は考えていない(枝野幸男経済産業大臣)」



いわゆる野党支持者の方々は、自民党は原発推進で、野党は反対という分け方をしているわけですが、話はそんなに単純ではないのです。今回の話であれば、枝野氏が経産大臣の時に許可した原発はどうするのかという話もありますし、今回復活当選を果たした海江田万里氏にしても、「脱原発は鴻毛(=こうもう)より軽い」などと仰っていました。

‖ 日本が原発をやめられない理由

突き詰めれば、日本が原発を簡単にはやめられない理由は、国内問題・しがらみ(惰性)にあります。すなわち、原発立地自治体や関連企業等への補償・雇用問題や、核燃料サイクルの取り扱い。この辺りが特に重要なわけです。

ちなみにサイクルと言えば、先の選挙で民進党や野党共闘支持者は、新潟5区で田中真紀子氏の擁立を模索してたようですが、過去に田中氏と青森県が取り交わした約束(→青森県庁、冊子「青森県の原子力行政」・25、26参照)も大きなネックの一つです。個人的には、このような方を原発ゼロ候補として擁立しようとした方々の見識を疑います。

民主党・野田政権では、2030年代原発ゼロで核燃料サイクルを継続するとか、そんな矛盾した話も皆さんの記憶に新しいところだと思います。

この矛盾を今の枝野氏に聞いても同じことでしょう。せいぜい、「検討中です」が関の山ではないかと。

結局のところ、課題の答えを出さずに「原発ゼロ」などは無意味であり、さらに「電気が足りている(=再稼働反対)」などと、政治家が反原発活動家みたいなことを言ってるようではお話になりません。

‖ 必要なのはスローガンではなく、「工程表」である

原発をやめるのは一朝一夕とはいかないのであれば、やはり最低限、一部の原発稼働の可能性を想定した原発ゼロの工程表が必要になってくる。これは本来の意味での脱原発ということになります。すなわち、インフラ面から国民意識に至るまでの原発依存体質を解消してこその原発ゼロです。

そしてそれを作るのは政治の役割ということになるわけですが、今まで出てきた原発ゼロ政党の中には、実際に「工程表を作る」と仰っているところもいくつかあるものの、それが出てきたためしはなかったりwあるいはどこかのデモ隊と一緒に「再稼働反対!」なんて騒いでいたりで、これは何とも頼もしいといいますかw

果たして立憲民主党は、原発ゼロのためのまともな工程表を作ることができるのか?たしかに党の公約を見る限りでは、先程挙げた課題に取り組む意欲も見えなくもないわけですが・・。何れにしても、「2030年(もしくは年代)」とか「1日でも早く」などのスローガンは、本来はどうでもいい話なのです。

仮に野党側(立憲民主)が何も考えないまま、間違って政権交代が起きたとすればどうなるのか?その場合は、「あれは自民党・安倍政権での再稼働や新増設には反対という意味だ」として、原発は通常営業されることになるでしょうね。

しかし、最近の野党は離合集散の繰り返しといいますか。今の立憲民主党にしても、来年存在しているのかというと微妙なところもあるでしょうし、まずは原発よりも党運営が安全でなければ話は先に進まないでしょうね。

私はもちろん・・期待してませんw

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反原発・ニセモノ狩りの記録11 - 泉田裕彦元新潟県知事 - その2 

‖ 裏切り者・ダークサイドと呼ばれた泉田氏はどうなった?

【衆院選】泉田裕彦・前新潟知事が当選確実 新潟5区
2017/10/22 http://archive.is/uIEd8 #産経ニュース

一部抜粋

 第48回衆院選の投票は22日午後8時に締め切られ、開票の結果、新潟5区で自民新人、泉田裕彦氏(55)の当選が確実となった。

 泉田氏は・・柏崎刈羽原発(柏崎市、刈羽村)の再稼働について慎重な立場を取ってきた。・・

 今回、泉田氏は自民の公認を受けているものの、「政権与党から原発政策を変える」とし、従来の立場と矛盾はないとしている。



先日投開票が行われた衆議院選挙。私は選挙ウォッチャーでは全くありませんが、以前ブログの記事で取り上げた経緯もあり、新潟5区の泉田裕彦氏の動向が気がかりでした。当日は選挙特番をハシゴして、「泉田氏はどうなった?」なんて注目してました。まあ結果としては当選されたようですね。

私は前回の記事のとおり、泉田氏が裏切ったとか、そのような認識はまったくないということを述べてきたわけですが、もちろんそれは当選後も変わりません。

それにしてもこの間、原発反対派による「泉田バッシング」はかなりひどかったですね。章題にもある「裏切り者の泉田」、「ダークサイドに堕ちた」とか、どこかのオバちゃんが絶叫してました。

‖ 小池氏に先行する形で「排除いたします」を繰り返してきた原発反対派

今回の選挙は、当初の主役は小池百合子氏が率いる「希望の党」と言われていましたが、例の小池氏による「排除いたします」から、情勢が急変。「政界は一寸先は闇」とはよく言ったものです。一気に有権者の熱が冷めてしまいました。

しかし、これは何も小池氏に限ったことではありません。何しろ、原発反対派のみなさんが日常的に行っていることなのですから。すなわち「こうでない原発反対はニセモノ」という、タイトルにある「ニセモノ狩り」を一生懸命続けているわけです。本来、原発に反対することには特別な資格は必要ないはずなのに、むしろ反対派が選別するわけです。

佐々木 寛‏@Hiroshi_1966
2017/10/3 http://archive.is/j8vX8 #twitter

新潟5区は天王山です。争点は原発です。原発推進の自民=泉田候補と、脱原発の野党統一=大平(おおだいら)候補との一騎打ちです。今、横一線です。ここは本当に負けるわけにはいきません。負ければ原発が動きます。応援してくださる皆さん。まずは遠慮なく事務所に駆けつけてください!



古賀茂明@フォーラム4‏@kogashigeaki
2017/10/7 http://archive.is/jpMOa #twitter

10月8日10時過ぎに長岡駅アオーレ長岡前で街宣に出ます
新潟5区は原発推進の自民党に寝返った泉田前新潟県知事と脱原発候補大平悦子さんの戦い
泉田氏に裏切られた県民の怒りはすごい
昨年の参議院選、県知事選に続き、脱原発新潟市民の力が三たび示されるのか
全国的にも注目です



新潟の選挙区で活動されてる方の中でも代表的な方々のツイートですが、やはり彼らは「原発反対=反自民」という前提に立ち、泉田は裏切った・ニセモノだと大騒ぎしていたわけです。これは以前の、「河野太郎の反原発は自民党だからニセモノ」という話と全く同じ構図です。

佐々木寛氏のツイートのついでに言っておきますと、ありがちな「○○さんなら原発再稼働、△△さんなら止められます!」みたいな煽り文句は真に受けないほうがいいです。

これは当然、候補者や支持者も含めて、もし止められなかったらどう責任を取るのかという話になります。無責任な話を広めると、例えば「米山隆一は原発を止める・反原発と言ってたじゃないか!」なんて、後で大モメになりますよ。ちなみに、米山氏は反原発でも再稼働反対でもありませんので。

話が少し横道にそれましたが、私は以前から、原発反対派の中で横行している「ニセモノ狩り」、すなわち、誰が正しい反原発かを競い合うのはやめるべきだと考え、シリーズの連載を続けてきたわけです。こんなことを繰り返すと、原発反対は一部のマニアの間で共有されるだけに終わってしまいます。実際は既にそうなってるようなものですがw

古賀茂明 「利権の復活」 PHP新書
2013年11月 http://goo.gl/eoSz8z

一部抜粋

 「古賀さんは原発に反対するのに、なぜTPP参加に賛成なんですか?」
 脱原発派の私が「TPP参加に賛成」と言うと、驚く人が多い。「ほんとうにガッカリした」とか「おまえの本性がわかった」などと罵られることさえある。
 脱原発とTPPの問題は、直接には結びつかない。TPPの賛否と原発の賛否は、それぞれ独立した立場があっていいはずなのだが、世の中、とくにネットの世界では、「原発反対の人間はTPPにも反対」とセットで考えるような空気がある。



これは当ブログの以前の記事でも引用した書籍になりますが、かつての古賀氏は「TPPの賛否と原発の賛否は独立した立場があっていいはず」と、極めて真っ当なことを仰っている。ならば、「原発の賛否と党派性は独立した立場があっていいはず」ではないのでしょうか?

以前は「ニセモノ狩り批判」の古賀氏も、いつしかニセモノを狩る側に回ってしまいました。おそらく本人にはその自覚がない。

古賀氏は原発事故後に色々な市民運動やデモなどに参加しているようで、徐々に官僚出身の経済コメンテーターからアジテーター的な気質になってしまったのかもしれません。余談になりますが、2015年ころの「I am not Abe」のあたりが、古賀氏におけるある種の分水嶺だったのかもしれません。

‖ あえて原発反対派を疑う

それにしても、なぜ原発反対派は原発問題に加えて、自分たちの思想信条(しかもかなり荒唐無稽なものも多いw)を押し付け、他人を従わせようとするのか。異論を唱えれば「ニセモノ」とレッテルを貼られ、排除される。

冗談抜きで、「この人達原発反対と言ってるけど、ホントにやる気あるのかなあ?」なんて思うことも多々あります。原発問題を利用して、特定の思想信条や党派性をPRしたいだけではないのかと。反対派は、本来、国民的な議論であるべき原発問題を、どうにもスケールの小さい・せせこましいものにしたがる悪癖があります。

あるいはそんな高度なことではなく、ただ単純に、意味もなく路上で騒ぎたいだけなのかもw

ともかく、泉田氏のような原発問題で「使える人材」が永田町に出向くことになるわけですから、私としては一応期待はします。息子にダークサイドの素晴らしさを教えようとした父親が、気が変わって皇帝を倒すというシナリオもありえなくはないですw

冗談はさておき、本来は党派に関係なく、以前から泉田氏のような人材を1人でも多く輩出することができればよかったのですが。いかんせん、数が少なすぎましたね。

- おわり -

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反原発のヒーロー 小出裕章先生は北朝鮮の核・ミサイル開発を容認しているのか? その4 

‖ 小出先生の真意はおそらくこんな感じだろう

なぜ小出先生は一見すると北朝鮮の味方のようなことを主張するのかと考えると、それは例えば、過去の先生の講演録等を読んでみると、なんとなくわかるような気がしてきます。

医療9条の会 講演会 「核(原子力)と人類は共存できるのか?」at 札幌 今私たちが知っておかなければならない、核・原子力の真実 京都大学・原子炉実験所 小出 裕章(PDFファイル)
2010/4/10 http://bit.ly/2yKCalJ

一部抜粋

昨年、米国大統領になったオバマは2009 年5月にプラハで演説し、米国が「唯一核兵器を使用した国」であると認めました。それを受け、核廃絶に対する期待が高まりましたし、先日は米国とロシアの間で START1 に続く核兵器削減条約が合意されました。また、今度の 5月には NPT ( Nuclear NonProliferationTreaty:核拡散防止条約)再検討会議が開かれ、それに期待する人々もいます。しかし、NPT はもともと核兵器保有国と非核兵器保有国を峻別する不平等条約です。もちろん核兵器は廃絶すべきものですし、それまでには粘り強い努力と長い時間が必要でしょう。しかし、公正な世界を作るために、不平等な条約を足場にすることが可能かどうか、私は深く疑念を持ちます。その上、核保有国は核の独占体制を維持しようとし続けていますし、原子力=核の世界でも、核技術の支配を維持しようとしています。



私は以前の記事で、反原発にこだわる方の特徴として、「反米、反戦、半農主義(いずれも「極端な」ニュアンス)・・」という、ある種一般社会からは到底共有されそうにない思想に偏りがちであるという指摘をしたことがあります。

私がいくつかあげた特徴の中に、「死刑反対」というのがありまして、なぜ反原発の方が死刑制度に反対なのかと言えば、それは死刑が残虐であるという非人道的な理由ではなく、基本的には「人が人を裁く権利はない」というものです。

私の記憶では、小出先生もまた死刑制度には反対。先生の著作か講演会などで、そのようなことを仰っていたような気がするのですが。

しかし重要なのは、死刑制度の是非などではなくて、「人が人を裁く権利はない」という方なのです。

先程の小出先生の講演録を読んでみると、先生は現状の国際的な核の秩序形成の中心に位置づけられるNPT(核不拡散条約)には反対の立場です。その理由は、やはり「人が人を裁く権利はない」と同義と言えるでしょう。

既にアメリカを含めた核保有国がたくさん核を持っているのに、北朝鮮が持ってはいけない理由はない。だからみんな一斉に核を廃絶するべきである。徹底した平等さを重視した考え方に基づけば、先の内容のようなメールを公表する小出先生の心情もわからなくもないです。

‖ 世の中は基本、「曲りなり」である

しかし、核問題に限らず、世の中に存在するあらゆる秩序というものは、それが国内法であれ国際条約であれ、厳密に言えば完全な平等というものは無いと思います。大雑把に言えば、現状で生じている諸問題を「曲りなり」にも緩和させるために、様々なルール・秩序が形成され、それらは時代の変化に応じて改良が試みられていくのです。

小出先生が仰るように、NPTは「核クラブ」などと揶揄されるように、表向きは究極的な核廃絶を目標とした条約とはいえ、その優先順位として核5大国は後回しという、ある種のズルさがあります。不平等を前提とした条約であることは事実です。

しかし、NPTが核兵器の無制限の拡散(水平拡散=保有国の増加、垂直拡散=核保有国の保有量の増加)を防止することに曲がりなりにも機能してきたこともまた事実です。

例えば日本であれば、既に50年前以上前から潜在的な核保有の技術を有していたにも関わらず、NPT体制に参加(=1976批准)。自らの核武装のハードルを高めた経緯があります。日本としては核開発に着手するよりも、核不拡散の枠組みの中で核の秩序の合意形成に貢献したほうが国益に資するという判断があったのでしょう。

すなわち、日本が核武装をしない(出来ない)理由は、いわゆるヒロシマナガサキ・非核三原則などと言った精神論ではなく、専ら外的な要因が機能しているからです。

もちろん、唯一の被爆国日本が参加しているということが、NPTの存在価値・正統性を高め、ひいては核不拡散に貢献していることは確かだと思います。

‖ 「曲りなり」が壊れたらどうなるのか?

平等ではないから裁く権利はない。核保有国が核不拡散を呼びかける権利はない、不平等は足場にならないとして、既存の核の秩序が崩壊してしまった場合。そこには秩序がないのですから、誰も核武装を咎めることは出来ない。こうなると、行き着く先は各国が「ハリネズミ」のように武装するしか無くなります。核戦争も時間の問題になるでしょう。

昨今の北朝鮮問題。北朝鮮は1985年にソ連に促される形でNPTに加盟した経緯があり、核開発疑惑でIAEAの査察などで騒動になり、1993年に脱退を宣言(正式に受理はされていなかったような?)。途中、米朝会談や6カ国協議のような話し合いの場が設けられたとはいえ、それでも現在まで核・ミサイル開発を進めています。

私はNPTが平等でも完全であるとも考えませんが、一度NPTに加盟した国家が一方的に脱退を宣言して、核開発に邁進する。その上、仮にアメリカを筆頭とした各国が北朝鮮の核の脅しに屈した場合。これはもはや、国際社会に核の秩序は存在しないという、かつてない危機の時代を迎えることになるのかもしれません。

何と言いますか、小出先生も含めた原発反対派のコアな方々は、あまりにも優しく、純粋過ぎる。そんな印象ですね。「人が人を・・」みたいな主張は、ある種の非日常的な空間である、学会やデモ・集会等では通用するとしても、世間一般の感覚からすればとてもついていけないのです。コアな方々はそこが理解できない様子。

私も原発・核兵器に反対の有識者の方々からはたくさん学ばせていただく機会も多いのですが、書籍や講演など、諸先生方の主張・思想に触れるたび、つくづく「惜しいなあ・・」と残念に思うことが多いですね。

- おわり-

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反原発・ニセモノ狩りの記録11 - 泉田裕彦元新潟県知事 - その1 

‖ 「反原発」の泉田氏が裏切った・・!?

先月の下旬の話になりますが、原発反対派とされている泉田裕彦元新潟県知事が、次期衆議院選挙に自民党から出馬という記事がありました。

原発慎重派・泉田裕彦氏「与党内から働きかける」“変節”を否定「再稼働議論より検証と総括」
2017/9/29 http://archive.is/yPfyk #産経新聞

一部抜粋

自民党県連が公認申請を見送り、党本部に判断を委ねる異例の事態の末、衆院新潟5区の同党候補に公認された新人で前知事の泉田裕彦氏(55)は29日、長岡市東坂之上町の長岡グランドホテルで記者会見した。知事時代に東京電力柏崎刈羽原発(柏崎市、刈羽村)の再稼働に慎重だったにもかかわらず、再稼働を進める同党から出馬する理由について「政権与党の中から働きかけないと県民の生命や財産は守れない」と述べ、矛盾はないとの考えを示した。ただ、再稼働の是非については明言を避けた。



まあそのようなわけで、記事にも書かれているとおり、原発反対派からは泉田氏の行動を変節・裏切りと批判する声が聞かれています。

しかし、私から見れば、反対派による泉田氏批判というのは、ちょっとおかしいと思うのです。

‖ そもそも、泉田氏が反対派なんて誰が決めたのか?

私の知る限り、そもそも泉田氏が原発の是非についてどうこうというような話を述べたことは無かったと思います。

泉田氏に関しては以前の記事でも触れたことがありますが、とにかく「福島原発事故の検証」が第一で、これを抜きで再稼働の議論をすすめることに異論を唱えていたわけです。言わば「再稼働慎重派」でしょう。反対か慎重かはさておき、再稼働を進めたい東電や政府としては厄介な人物であることには変わりないでしょうが。

世間では、いつしか泉田氏が原発反対派というような位置づけがされてしまったわけですが、それはきっと、日刊ゲンダイの煽り記事か、ツイッターの見過ぎによる思い込み・刷り込みの類ではないかと思います。別に原発の安全性に辛口な意見を述べたからと言って、それが直ちに反対派であるというような分け方は乱暴に過ぎるでしょう。

‖ ありがちな原発反対=反自民という前提には疑問が

反対派による泉田氏批判の理由としては、他には「なぜ自民党から?」という話も多いですね。原発に反対なら当然反自民でなければならない、自民党から出馬するのはおかしいという理屈です。

まず、泉田氏は知事時代から自民党の支援を受けてきた経緯もありますから、もともと反自民というような立ち位置ではないです。

それに、新潟県知事選の4選出馬を撤回したあたりから、近い将来、自民党公認で国政転身?みたいな話はありました。そのため、今回の出馬に際しても、まあそうだろうねというような。

そして、原発反対=反自民というのは、これは原発問題を特定の政党の応援、党利党略のために利用するという、非常に恣意的かつスケールの小さな話ではないかと思うのです。別に原発問題は特定政党の縄張り・専売特許ではないのですから。

知事だった泉田氏「原発政策の欠陥、与党入って直す」
2017/10/10 http://archive.is/kyQfD #朝日新聞

一部抜粋

東京電力柏崎刈羽原発に近い新潟5区。東電や国の原発政策に対して「もの申す知事」として知られた自民新顔の泉田裕彦氏(55)が立候補した。長岡市内での出陣式で「野党から言ってもダメ。原発政策の欠陥は与党に入って直さないといけない」と述べた。



以前に自民党の河野太郎氏について書いた記事がありましたが、私としては、原発をやめるのであれば、とりあえず政党に関係なく、原発問題に一家言ある「使える人材」を、一人でも多く国政や地方の場に送り込むべきという考え方です。

そのような観点から考えると、泉田氏の決意表明は悪い印象ではないですね。一応筋は通ってる感じです。

とはいえ、自治体のトップ(新潟県知事)と、大政党の所属議員、いわゆる一兵卒ではまた勝手が違うこともあるでしょうが。与党に入って直すつもりが埋没する可能性も高いでしょう。まだ当選してませんけどねw

しかしながら、当初は「右も左もない」とされた原発反対論も、私の印象では2012年頃から次第に党派性を帯びた、手垢の付いたものになり、今ではすっかり「原発反対なら○○党に!」みたいなつまらない話になってしまいました。反対派による泉田氏批判の中身を見ていると、しみじみそう思うわけです。

‖ ついでに衆議院選挙について考えてみる

話のついでということで、10月22日投開票の衆議院選挙について少し考えてみたいと思います。

選挙については、以前の「冷やし狸庵的選挙の考え方~」、あるいは「『原発反対に右も左もない』とはどういうことなのか~」の連載記事で述べてきたところです。ここでの話も、以前の連載記事の内容をベースに考えていきます。

原発・エネルギー問題。このような観点から選挙を考える上では、政党および候補者が、特に外交・安全保障面でそれなりの考え方を持っているかということに尽きます。言い換えれば、これらをリアリズムの視点から考えることが出来るのか、ということです。

なぜエネルギーを考える上で外交・安全保障のリアリズムが重要なのかと言えば、それはもちろん、私達の生活の源はエネルギーであり、これらの安定供給が必要不可欠だからです。

確認事項として、日本人が今現在、あるいは将来にわたって本当に必要としているエネルギーは、原子力や再生可能エネルギーなどではなく、化石燃料(=石油・石炭・天然ガス等)です。それも圧倒的にです。とにかく、化石燃料の安定供給が第一なのです。

日本は絶えず外国にエネルギーを依存しなければ、日々の生活は成り立たない。エネルギーの安定供給、裏を返せば供給途絶を回避するため、日本は国際社会においてどのように立ち振る舞うべきなのか。これは常にリアルタイムで求められる課題であり、おそらく終わりはないのでしょう。

そのため、特に国政を担う人材には、国際的かつ現実的な視野で外交・安全保障を考えられる方が望ましいのです。

そしてこれは以前から何度も述べている話ですが、原発反対派の指導者・有識者はこのあたりが非常に弱いです。外交・安全保障という話を振ると、極端な話、「戦争か平和か」みたいな考え方しか出来ないのです。その間にあるさじ加減が全く出来ないタイプです。

そのため彼らは、選挙の際は総花的・純粋無垢で正しいことばかり主張する候補や政党ばかりを推してしまうのです。エネルギー問題以前に、このような政党は必然的に少数派にしかならず、結果はお察しということなのです。

‖ 話題の「原発ゼロ政党」の気になる点は

ここで、最近話題の「原発ゼロ」政党、立憲民主党(枝野幸男代表)と希望の党(小池百合子代表)についての感想を少々述べてみたいと思います。

立憲民主党。民主党・民進党時代は「2030年代原発ゼロ」でしたが、今度は「1日も早く」となってます。2030年代と1日も早くのどちらが早いのか、ちょっと気になりますw

民進党が野党共闘路線に転じてからは、どうにも左傾化・社会党路線のような印象でしたが、立憲民主では従来の保守系とされる議員が一斉に離党した経緯もあり、政策の立ち位置はさらに左に寄ってしまうのではないか?となれば、やはり多数派を形成することは困難でしょうね。

希望の党。外交・安全保障面ではある種リアリズムの視点を持つ人材も多い印象です。明らかに原発反対派が好むような「左がかった」毛並みではないですw

しかし、希望の党の政策(公約)には、憲法に原発ゼロを明記するとか、ちょっとセンスを疑うようなところもあります。憲法はそんな細かい話をどうこうするものではないのだろうと。

それから小池氏は、原発ゼロと言いながら、核燃料サイクルについては継続に含みを持たせるような発言も。サイクルとはすなわち、循環・輪という意味です。廃棄物を再利用して、新たに燃料を作り出す。そうであれば、当然原発を活用する可能性も?

その他、原発技術を確保しながらゼロというのも気がかりです。技術を維持するという観点から考えると、逆算して国内にこれくらいの原発が必要ですみたいな話にもなりかねません。実際に、2012年の民主党政権時での「2030年の原発依存度」の議論では、推進側から、技術確保のために原発は25~35%はあったほうがいいなんて話もありました。

ただし、反対派の方が特に気にしている、原発ゼロと再稼働は矛盾しないと考えます。矛盾するのなら、反対派が手本としているドイツは原発推進国です。

外交・安全保障面でリアリズムの視点を持った脱原発政党(候補)というのは、なかなか出てこないのですね。私は、原発に批判的な世論が求めてる市場はそこだろうと以前から考えてるのですが。

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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