07// 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. //09
 

冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

北朝鮮のミサイルは原発より東京に 田中俊一規制委員長の発言は失言ではない その3 

その1、2では、ややもすると原発反対と仰る方の多くが、原発はたとえ一時でも止めさえすれば、あるいは廃炉にすれば完全に安全であるというような、ある種の安全神話に陥っている。どうもそんな印象が以前から見受けられるので、田中委員長の一件が良い機会と考えて、必ずしもそうでもないぞという意味で、私なりの意見を述べてきたところです。

今回は、前回までの話を踏まえた、少々余談に近いような話が先になります。

‖ 原発以前にそもそも放射性物質が危険

前回の「原発の問題は、突き詰めれば放射性物質の飛散(汚染)」にあるというくだりです。

原発の是非について考えると、どうしても話の中心が原発になるのは仕方がないことなのですが、本来、この問題の核心は放射性物質そのものにあるはずです。

そのような意味では、原発ではなくて、放射性物質は、その用途が何であれ、閉じこめ機能・気密性が問題になってきます。それは当然、社会にとって受け入れがたい、度が過ぎた量が外部に漏れた場合は、非常に危険だからです。もちろん、少量であれば良いとも言えないでしょうが。

そしてこれは、「言うは易く行うは難し」で、たとえ個人、組織では気をつけているつもり(気をつけていない場合もw)でいても、内的・外的な、何らかの複合的な要因によって、案外簡単に破られてしまうこともある。

実際に、私たちは、そのような現場を数多く見聞きしてきたはずですし、これからもきっと、今までの知見では思いもつかなかった、あるいは確率としては非常に低い(だから考えなくても良い、想定不適当)とされてきた「事象」が起きることでしょう。

‖ 私の原発にかんする基本的な考え方

そのため、個人的には、原子力を軍事利用と平和利用に分けた上で、前者を悪と規定して、後者を当然のこととして推進する。あるいは、以前話題にした、「軍事優先の狭い枠組みを廃し、安全最優先(社会主義でこその平和利用と読み替えて差し支えありません)で」というような主張には、どうにも歪んだ科学技術信仰、ある種のいかがわしさを感じます。

そのようなわけで、たしかに私は原発に反対なのですが、そういう話とはまた少し違う意味で、原子力の軍事利用を批判して、平和利用を当然(上記の2つの主張は、視点は多少異なりますが結論は同じです)視する、原子力開発の黎明期から現代まで続く風潮そのものに、大いに疑問を感じています。

平たく言えば、私の考えは、福島原発事故を契機として、原発に反対する以前の問題として、原子力の平和利用そのものを問い直す。そんな感じでしょうか。

‖ 余談が過ぎたので今回はこの辺で・・w

少々余談が長くなってしまいました。たしか今回は、「原発や首都圏がミサイルを撃たれない方法」について考える予定だったはずw

しかし、これ以上続きを書くのは連載1回分の量としてはバランス的に問題が・・というよりも、今日もやはり暑いですので、続きはまた次回、「その4」とさせていただきます。

関連記事
スポンサーサイト

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

comment(0) | trackback -- | edit

page top

コメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top