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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

原発反対で原発反対派批判 冷やし狸庵とは一体どういうブログなのか? その1 

‖ 冷やし狸庵のスタンス

いまさらではありますが、「冷やし狸庵」は、電力やエネルギー問題についてあれこれ考えるブログです。

そして私は、原発に対しては福島原発事故を契機に反対の立場を取っています。そもそも電力やエネルギー問題を考えるきっかけになったのが原発事故というのもあります。

しかし、右側のプロフィール欄にも書いてあるとおり、「推進派の方はもちろん、反対派の方からも疎まれる」というスタンスのとおり、「推進派 vs 反対派」、「善 vs 悪」といった紋切り型ではなく、推進側への批判を基本として、時には同じ反対の立場でありながら、反対派を批判する。そんな内容です。

推進も反対も批判する。とはいえ、実感としては反対派を批判する記事の方が多いような気もしますw

と言いますのも、私は既に、このブログを開設する以前から、いわゆる3.11に端を発した原発反対論(運動)なるものには見切りをつけており、不本意ではありますが、原発は当面無くならないだろうと考えています。後述しますが、その原因は、相当部分、反対派が抱えている悪癖も影響しているのだろうという見立てであるからです。

もちろん、私は原発反対を諦めたというわけではなく、かと言って、反対派から推進派に転向しましたとかいうオチでも断じてないのです。

‖ 次に起きる原発事故の責任は・・

私が原発問題に関わる以前は、原発の存在は一般常識として知っていた程度で、例えば以前から危険性に警鐘を鳴らしていたとか、あるいは事故を予見してたと等いうことはまったくない。つまり、事故によって事の重大性を認識した、いわゆる新規参入者の一人です。

事故を経験してわかってきたことは、たしかに以前から無責任な安全神話を喧伝し、起こり得ないとされたメルトダウンが起きても、相変わらず上から目線で傲慢さが際立つ「原子力ムラ」の横暴というのがあるわけです。ハッキリ言って、これは全くもって許しがたいです。

同時に、古参・新規を問わず、原発反対派の主張や運動論にも相当問題があり、これでは仲間内・楽屋ネタとしてはともかくとして、やはり世間では全く通用せず、したがって原発が止まるわけもないとも考えるようになりました。何といいますか、心情的にはドッチラケという感じですかね。

つまり、原発が無くならない理由は反対側にもあり、単にハンタイハンタイと絶叫したところで大した意味はなく、仮に将来、第二の福島原発事故が起きるとすれば、その責任は推進側のみにとどまらず、反対側にも厳しく問われることになるだろう。原発問題を勉強していくうちに、そのような考え方になってきたのがだいたい2012、3年頃でした。

このような話は過去の記事でも断片的に書いてきたわけですが、確かに私は原発に反対の立場ではありますが、同時に3.11後の原発反対論の批判的な再検証を行い、今後に活かしていく。現役世代では原発を止められないとしても、反省をもとにやり直せば、将来的には原発ゼロ社会が実現するかもしれない。そのような考えです。

もちろん、私は一介の狸風情ですから、社会的な信用とか影響力と言ったものはありません。ありませんが、日頃原発に反対で、なぜ原発が無くならないのかと憤っていらっしゃる方がふいに当ブログを訪れて、「なるほど、たしかに一理あるかもしれない」と思っていただけるだけで満足。そんな感じですね。

その2につづく

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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