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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

原発反対で原発反対派批判 冷やし狸庵とは一体どういうブログなのか? その2 

‖ 後々まとめの連載を予定していますが・・

前回説明させていただいたとおり、ブログ・冷やし狸庵は、原発問題においては、同じ反対派の視点から、原発反対派が持つ悪癖、問題点を洗い出し、当面原発ゼロ社会は望めないとしても、今後につながることを勝手に期待する。まあそんな感じです。

私の見たところ、平常時でも事故を起こしても、いつでもどこでもえへらえへらとしている原発推進派は明らかにどうかしているし、かといって反対派も相当アレなところがある。結果的に反対派が持つ悪癖が原発推進をアシストしてしまっているのに、どうやら彼らは気がついていないようである。

この辺に関しては、今までの連載記事でも色々述べてきたところではありますが、今後、まだ当分先の話になりますが、このブログの最終回の連載企画として、まとめ記事のようなものを考えています。

今回はまとめ記事を一部先行するような形になりますが、原発反対派が抱える諸問題について少々考えてみたいと思います。

‖ 原発反対=左翼のイメージの原因

例えば最近の連載記事では、なにかと「左翼・右翼」的な話をしてきたわけですが、私の印象では、やはり原発反対派は相当左がかっていることは間違いなく、これは症状の程度としてはかなりの重症といえると思います。

以前からの繰り返しになりますが、ここでの「反対派」とは、反対派の中の声の大きな少数派、ノイジー・マイノリティーの意味です。もちろん、原発に反対すること=左翼というわけではないのです。

各種世論調査によれば、その期間さておき、世論の7割8割は原発ゼロ社会の実現には肯定的であるといえます。そしてその全体像を、例えば平面の三角形の図で考えると、この頂点のあたり、1割位のシェアに相当する部分がノイジー・マイノリティーとしての反原発派です。この階層が極端な左翼思考、反戦平和、反米主義。そのようなイメージです。

私は「反原発」と「脱原発」を定義上別物であると考えており、原発反対派の中のノイジー・マイノリティーを反原発、積極的には物を言わない多数派である、サイレント・マジョリティーを脱原発としています。

つまり、世論の大勢は脱原発という見立てです。そして、当然こちらの階層は、政治思想的には右でも左でもなく、極端な反米主義や浮世離れした平和主義者でもないのです。

そして、先程挙げた少数派の階層には、路上や各種集会、あるいはネット上で、原発問題に加えて浮世離れした発言を繰り返す、「ありがちな方々」に加えて、原発反対の有識者(学識経験者・ ベテラン活動家、政党、NPO等)とされる方々も相当部分が入ってる印象です。

つまり、これは厄介な話ではありますが、実は原発反対派の中のオピニオンリーダー的な存在が、ノイジー・マイノリティーの階層に属しているのだと言い切っても差し支え無いのでしょうね。

‖ 国民的な関心事・議論から徐々に話の方向性が・・

私は以前の連載で、「原発反対に右も左もない」とはどういうことなのかについて考えてみたわけですが、文字通り右も左もない、国民的な関心・議論として原発問題を考える事ができたのは、おそらく2011年の原発事故から数ヶ月くらいの短い期間であったと思います。

これは私の個人的な実感ですが、原発問題を考え、その上で批判的な立場に立つと、そこかしこから「左翼がかった」話が紛れ込んできて、次第に「原発に反対なら○○も反対しなきゃ」として、とかく左翼的な立ち振る舞いを求められてしまうのです。原発に反対なら当然反米主義で、9条守れとか沖縄に基地はいらないみたいな話がセットになりがちです。

もちろん、日米関係や憲法、基地問題等もそれなりに重要なテーマでしょう。たしかに、世の中原発問題だけではないです。

しかし、何ごとも特定の色・党派性に染められたくないといいますか。すなわち、「反対なら当然こうあるべき」的な、ある種の踏み絵を迫るような主張というのは私としてもリアクションに困りますし、やはり一般の方もそうだと思いますけどね。

余談になりますが、一時期は「原発に反対ならTPPに反対しろ!」、「TPPに入ると原発が絶対にやめられなくなる、それがアメリカの狙い、陰謀だ!」なんて話が随分と盛り上がったものです。その上で、賛否を示さない者はあちら側(自民党やアメリカでしょうか?)の手先だとか。今は陰謀の主役が自らちゃぶ台をひっくり返しちゃいましたけどw

‖ 世論の多数派に耐えうる原発反対のリーダーが不在

しかし、何故なんでしょうね。本来の多数派である、サイレント・マジョリティーの考え方に適した原発反対のオピニオンリーダー的な存在というのが、私の見たところではほとんどいないのです。

私も今まで原発問題を考える上で、様々な書籍や資料等に目を通してきましたが、原発反対の有識者とされる方々は、大変申し訳ないですが、総じて左寄りです。諸先生方は、原発の諸問題について長年警告を発してきたことについては尊敬できるのですが、原発問題に絡めて、要らないセットメニューをオススメしてくるお節介なところがありますね。

この辺は、長年原発反対運動に取り組んでこられた河合弘之弁護士も、「今までの運動は左翼がかった人が多くて・・」と仰っているわけで、やはり私の勝手な思い込みではなさそうです。

私の考えるところは、もちろん「右からの脱原発」ではありません。右も左も、所詮は社会の少数派に過ぎませんからね。少数派が合わさったところで少数派には違いありませんw

社会の多数派に耐えうる原発反対論というものが、原発事故から6年以上経過した今現在でも出てこない。言わば、原発反対の受け皿不在の状況が続いている。この辺は特に問題と言えるでしょう。

- おわり -

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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