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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

北朝鮮問題と「ニュークリア・シェアリング」という名の都市伝説について少し考えてみる(補足 その2) 

‖ まったく予定になかった連載に・・

今回の連載(の予定ではなかったのですが)の最初に登場した、ニュークリアシェアリング推進派(?)の経済学者の高橋洋一氏。その高橋氏が現代ビジネスに寄せたコラムを昨日発見してざっと読み、そして先ほど読み返したところです。

北朝鮮危機回避の最後の外交手段?「核シェアリング」とは何か いまこそ議論の時だ
2017/9/11 (1234/4) #現代ビジネス

一部抜粋

1/4上段(クリックするとページが別窓で開きます)

今回は、「非核三原則の見直し」の後に来るものを書こう。できれば前回のコラムでそこまで言及したかったのだが、字数の関係でできなかった。それは「核シェアリング」についてである。先週木曜日放送の「ザ・ボイス そこまで言うか!」に出演した際にも話したのだが、この核シェアリングについて説明したい。



コラムを読んだ率直な感想としては、タイトルの「核シェアリングとは何か?」、「今こそ議論の時」とは裏腹に、全くの見かけ倒し、タイトル詐欺w何とも読めば読むほどに残念といった内容です。

‖ ニュークリアシェアリング万能論?

1/4下段

一部の右派からでている「日本も核武装すべきだ」という核保有論はあまりに粗野だ。現在の核拡散防止体制を考えれば、・・

・・

そうであれば、国際的に容認しにくい核保有論より、より実現可能性の高い「核シェアリング」を考えたほうがいい。それも非核三原則の一つである「もちこませず」の修正の延長線で考えたほうが得策であると筆者は思っている。
こう提案するだけでアレルギーを起こす読者もいるかもしれないが、国際社会をみれば、「核シェアリング」は、実際に北大西洋条約機構(NATO)で行われている。



高橋氏は、日本の自主核武装が現実的ではないという、極めて現実的なご意見であるのに、なぜか北朝鮮に対する最大のプレッシャーとしてニュークリアシェアリングが実現性が高く、これを阻んでいるのが国民感情、いわゆる核アレルギーにあると指摘しています。

どうも高橋氏は、核兵器の種類を区別せず、核と名の付くものなら何でもかんでも抑止力になると考えているようです。その上で、核兵器を共有しさえすれば、それを何時でも好き勝手に使って良いと思いこんでいるようにも見受けられます。こちらの論説を支持している方は、大体そんな感じなので困るのですがw

‖ NATOにおけるニュークリアシェアリングと将来の展望

2/4中段

しかも、かつてのソ連の核の脅威に対して、核シェアリングは結果としてソ連の核攻撃を抑止した。その意味で核シェアリングは有効だったのだ。いまの危機下において、可能性のある選択肢としてこの議論を持ちだしてもいいだろう。



NATOで配備された戦術核には、冷戦の初期、ソ連の通常戦力が欧州諸国の脅威と認識されていたので、その戦力差を埋める意味合いがありました。

その使用用途は、対空・対戦車ロケット砲・核地雷など、実質的には水際作戦に近く、これはソ連に圧力を与える意図の核抑止力というよりも、本土を防衛するための核(他に手段がない場合)と見る方が適切であると思います。「核に防衛的も何もあるか!」という話はさておきとして。

もちろん、こちらも以前に説明したとおりですが、これも最終的には、核兵器の提供国(=アメリカ)が同意した上で初めて使用が可能になるのです。

欧州がソ連の脅威から難を逃れた理由としては、ニュークリアシェアリングというよりも、NATO、すなわち集団的自衛権による安全保障体制が功を奏した結果でしょう。当然これには、NATOの主役であるアメリカによる拡大抑止の提供も含まれます。

そして現代は、核・ミサイル、通常兵器の近代化により、戦術核兵器を配備する意義がほとんど無くなりました。現実にアメリカやロシアも、戦術核はほとんど廃棄に回しています。

ニュークリアシェアリングとは、通常兵器と戦術核が同居していた、すなわち、実戦で核兵器が使われる想定が今よりは多いと見られていた一時期(結局、幸いに一度も使用されませんでしたが)においては、たしかにそれなりの意義があったといえるものだと思います。あくまで当時の事情としては、という意味ですが。

NATO諸国では、現在も一部で規模を大幅に縮小した上で配備が継続しています。しかしこちらは安全保障というよりも、例えばNATO諸国の結束力のアピールといった政治的、あるいは惰性的な意味合いが理由であると思います。これすらも近いうちに廃止されるというのが著名な軍事アナリストの総意ではないでしょうか?

‖ 竹ヤリと立ち小便

つまり、ニュークリアシェアリングという提案がダメな理由は、決して「核アレルギー」があるからではないのです。この件、たしかに私が嫌いな感情論的な拒否反応を示す方も少なくないのですが。

でも本当は、もはや使い道のない骨董品みたいな話なので、「何をいまさらw」というのが正しい反応なのです。

陸続きの欧州と違い、四方を海に囲まれた日本が、いまさら射程100キロ程度、あるいは地雷などの戦術核を配備して、それが一体何になるのか?北朝鮮の脅威に対し、日本人は立ち小便で応酬するのがリアリズムなのか?

それとも、日々ロシアや中国軍の侵攻を想定し、その気になればそれらを余裕を持って排除することも可能な自衛隊(自衛隊は守りに非常に強く、攻めが全くできない極端な構造)が、ロートルな北朝鮮軍に安々と制空・制海権を取られてしまうほど弱いという認識であるのか?

高橋氏には申し訳ないですが、私には竹ヤリと立ち小便の区別がつきませんね。

補足 その3につづく

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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