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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

日米原子力協定の自動延長と迷走する原発反対論の今後について考えてみる その4 

‖ 協定の自動延長と今後の原発反対派の行動パターン5類型

日米原子力協定の自動延長の確定(7月16日以降は実質無期限、ただし、日米いずれか一方が6ヶ月前に文書で通告すれば終了)を機に、果たして今後、原発反対派はどのような行動を取るのか。私なりにいくつかのパターンを想定してみました。

  • 協定の自動延長により、もはや原発ゼロが不可能になったと勝手に誤解して諦める(1.詐欺の被害者型)
  • 原子力協定の自動延長反対運動(2.無意味な闘争型)
  • 協定の規定に則り、6ヶ月前の事前通告による終了を目指し、あくまで破棄にこだわる(3.永久闘争型)
  • 陰謀論から足を洗い、原発ゼロを諦めない(4.脱洗脳型)
  • もともとこの手の話をデタラメであると見抜いていて、今後も反対し続ける(5.高リテラシー型)

1番目は、私は「詐欺の被害者型」と定義しましたが、これは「日米原子力協定を破棄しないと原発は絶対にやめられない」という詐欺師のデマを信じ、協定が継続することになったので、じゃあ諦めましょうという、極めて素直なタイプです。

2、3番目。「無意味な闘争型」に、「永久闘争型」。これらは連続性を持った関係です。すなわち、今後もデマに踊らされて無意味に怒り狂い、当面は「自動延長反対デモ」みたいな行動に出る。そして延長期間に入ると、「政権交代を実現して協定を破棄しよう!」みたいな運動に転化するという見立てであり、今後も見えない敵と戦い続けるタイプです。

4番目は「脱洗脳型」。ある時期までデマに傾倒していたものの、例えば河合弘之弁護士のお話や、逢坂誠二先生の国会質疑、あるいは当ブログの記事などをきっかけに、正気を取り戻すことが出来た方々。これからは心機一転で原発問題に取り組めるタイプです。

5番目は「高リテラシー型」で、これは2ch系のまとめサイトやツイッター、原発反対デモなどで流れてくる、真偽不明の「原発の隠された真実」みたいな話は決して鵜呑みにはしない。その場の勢いやノリに流されず、冷静に考えられるタイプです。

‖ それぞれの行動パターンをどう見るか?

1番目に該当する方々は、私から見ると、とてもかわいそうな人たちであると思います。なにしろ、誰かが勝手に決めた「原発がやめられない理由」を真に受けて、その結果、諦めてしまうわけですから。河合弁護士も以前より、今後このような人たちがたくさん出てくることを危惧していて、デマに気をつけろと再三忠告していたわけですが。

どうでしょう?デマに乗せられて原発ゼロを諦めるのはもったいないと思います。

日米原子力協定は原発ゼロの障害ではありませんし、日本としても、原発を推進・撤退にかかわらず、どの道この協定は必要になります。百歩譲って破棄したとしても、結局は再度アメリカと似たような内容の協定を締結することになるので意味が無いのです。

2.3番目というのは、ある意味では原発反対派にとっては最も厄介な存在と言えるでしょう。彼らは今後も見えない敵と戦いながら、同時に様々な「隠された真実(=デマ)」を吹聴し、反対論に害を与え続けます。「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない(ゲーテ)」という格言もありますが。

4番目の方々も安心してはいけません。自分が騙された理由を検証し、今後の対策を講じていなければ、今度はまた別のネタで騙される結果になるでしょう。場合によっては、再度「真実」に目覚めて、3.に合流する可能性も。

これは私の勘ですが、1から4に該当する方々は、やはり社会問題とイデオロギーを分けて考える(今回の話題であれば原発と対米感情)のが苦手であるように思います。対米従属という視点で原発問題を考えると、原発や再処理もまたアメリカの命令で推進を義務付けられているというような、事実関係とはかけ離れたストーリー展開になるのでしょう。

5番目は、当ブログで登場した人物で言えば、例えば河合弁護士、平智之氏に、逢坂先生。それからこの私、冷やしたぬきですね。自分でリテラシーが高いとか、うぬぼれてますねw

しかし、私は5番目を「高リテラシー」と定義したものの、別に「標準」でも何でも良かったのですが。どちらかと言えばリテラシーは高い低いで語られる印象なので。

そのような意味では、私はリテラシーが高いとは思いません。というよりも、私は反対派が今後も迷走するのが楽しみでもあるので、やはり5.に分類するのは不適切でしたw

そして、高リテラシーと言っても、これには例えば、何か特殊な才能や高度な学歴が求められるとか、そのようなことは一切ないと思います。

要は、聞き慣れない話に対して、「ホントにそうなのかな?」と、一呼吸置くことができるかです。こうすれば自分で資料を取り寄せて調べてみるなり、より詳しい人の見解を伺うことも出来ます。逆に自分の能力に自信がないほどに、物事は慎重に考えられるとも言えるでしょう。私も自分に自身が持てない、というより、自分すら信じられないタイプですw

つまり、たとえ東大京大卒であろうと、ダメな人はダメなのです。世の中頭が良くてもボロい人はたくさんいます。

‖ 腐ったミカンと原発反対論のごみ掃除のすすめ

原発ゼロ社会を実現するための考え方は人それぞれとしても、やはり最低限、中身の伴わないデタラメが蔓延することは一番あってはならないことだと思います。本来検討するべき諸課題・優先事項に、全く無意味な話が入り込み、そのために議論が迷走を深め、ひいては原発反対論そのものに悪影響を与える可能性があるからです。

実際は可能性どころではなくて、既に実害も発生しているのですね。だからこそ、先ほど紹介した河合弁護士や逢坂先生のように、原発ゼロ社会の実現のために第一線で日々努力されている方々が、愚にもつかない与太話に再三足を引っ張られて困っているわけです。

そして、これからはデタラメを真に受けて、原発ゼロを諦めてしまう(既に諦めた)一般の方も大勢出て来るでしょう。

何というか、これは古いドラマの話ですが、「腐ったミカン」のたとえなのですね。原発をやめるために様々な諸課題を一生懸命考えるうちに、誰かが何らかの意図で「原発の真実」という名の腐ったミカンを次々と放り込んでくる。そのため次第に新鮮なものが腐っていき、行き着くところは、全体として機能不全に陥ってしまうわけです。

それでも、「不確かな情報・明らかな誤りは正す」という自浄作用があるならまだいいのですが、結局のところ、福島原発事故以降の新しい原発反対論は、腐ったミカンを処分すること無く現在に至ってしまったわけです。現代はネット社会ということもあり、わかりやすいデマほど拡大再生産されやすいという問題もあるのですが。

この辺りは、以前の連載記事でも触れた話です。原発推進側が資源(資産)と言い張るプルトニウムが実態としてはごみであるならば、原発反対側の中にも、今までに相当な量の「ごみ」を溜め込んできたはずです。

原発反対論における腐ったミカン。すなわち、反対論に資する有効な資源ではなく、明らかなごみの類い。本来はもっと早めの段階で捨てておくべきでしたが、そろそろ本当にいい加減にしないとマズイと思うのです。

- おわり -

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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