冷やし狸庵
原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。
冷やし狸庵的・核兵器禁止条約懐疑論 その8
2018/04/01 Sun. 10:45
連載は私の予想以上の長丁場になりましたが、今回で一区切りとなります。‖ 反核論と原子力利用の性善説
ここで、「たしかに平和利用の悪用は問題だが、とにかくお互いを信じることが大切」というご意見もあると思います。たしかに、「これにはこういう抜け道がある・・」というように、私のように何かにつけて、ある意味、性悪説で論じる方法は世知辛いとも言えるのかも知れません。
私はその5で、日本を含めた反核論は、元来、原子力は良いものと考えていた(いる)ことを説明しました。すなわち、「原子力-軍事利用=平和利用」という、平和利用の方程式。原子力の不幸は最初に軍事に使われたことにあり、これを取り除き、理性によって「核」と接することで、必然的に人類は平和的な利益のみを享受できるという論理です。
つまり、既存の反核論は、基本的には性善説の立場で原子力を語っているとも言えるのでしょう。どうりで私とは考え方が合わないわけです。
私の場合は、理性のような抽象的な話は基本的には信用していませんので、先のような「反核あるある」を見る度に体が痒くなってきますwなぜ反核派はそこまで人を信用できるのだろうと。国際社会が一度平和を決め込んだ途端、それが未来永劫続くかと言えば、それは過去の歴史から見ても都合が良すぎる話ではないかと。
‖ 60余年の実績を誇る平和利用国家でさえ、未だ信用されていない
それでも、そんな人間不信の私だって、たまには人を信じてみたい気持ちにもなります。信じなければ物事は先に進まないこともまた事実です。
・・でも、やっぱりダメなんですねw
他人を信じるという意味では、原子力平和利用について、以前より、いわば核兵器禁止条約の精神・主旨を先取りする形で、一切の軍事利用を廃して平和利用のみに専念し続けている国が存在します。しかし、それでも、特に反核・反原発団体から全く信用されていない実例があります。
読者の皆さんもお気づきのことだと思いますが、それは日本ですね。
日本は、国内法の原子力基本法に、国是としての非核三原則。二国間条約の原子力協定に、多国間条約のNPT、IAEA(+追加議定書)、PTBT、CTBT(こちらは未発効)等、数々の核不拡散・原子力平和利用の規定を意欲的に取り組み、厳守している。事故の件はさておき、日本が平和利用の優等生であることは自他共に認める事実です。
それにもかかわらず、国内外の反核団体、あるいは周辺国等からは、「日本は明日にでも核武装するに違いない」という批判が絶えない。日本は再処理技術(2018/4/1 末尾に追記あり)を有しており、使用済み燃料から得られた国内外の47トンのプルトニウムを根拠に、「その気になれば核兵器を6000発作れる」とか。
日本の核武装を疑う論拠として、過去の政治家の発言録などが用いられることも多々あります。古くは岸信介、佐藤栄作、中曽根康弘(何れも元首相)。原発事故後であれば、自民党の石破茂氏が、将来の核武装のために原発を維持するべきであるという趣旨の自説を述べ、国内外で物議を醸したこともあります。
もちろん、私もこれらの懸念材料ついては、全く気にならないわけでもありません。
しかし、日本の場合は、実際に核武装を国策として推進し、核物質を不正に使用したとか、そのようなことは今まで一切行われたことはありません。核保有の潜在的な技術や不規則発言はともかくとして、日本は自ら率先して、先の国内法や条約等に見られるように、その手足を縛ってきた経緯があります。
日本は今の段階で核兵器禁止条約に加盟する予定はない。しかし、日本は以前より、原子力の平和利用について、条約の精神を先行する形で実践している。ところが、「日本は絶対に信用できない!」という話になる。
ということは、仮に世界各国が核兵器禁止条約を批准するような形になったとしても、結局は誰も信用できない、「世界相互不信」の時代を迎えることになると思うのです。
例えば北朝鮮やイラン、サウジアラビア等が条約加盟後、平和利用の権利として原発を扱うとして、私達は彼らを信用することが出来るのでしょうか。平和なのですから、当然ウラン濃縮や再処理もセットで推進するでしょう。
こちらについて、例えば先進国で燃料を供給・管理すればよいという考え方では、これではその6、あるいは7で論じた「平和利用のアパルトヘイト」であり、条約の精神に反することになります。しかし、現実には、平和利用の原発を求めつつ、有事の際の核保有について言及している国は少なくありません。
ここで、「いや、お前たち日本人だけが信用出来ないのだ」と反論されると、私としてはぐうの音も出ないのですがw
‖ 理性の有無に関わりなく、核のリスクはつきまとう
結局のところ、人類が原子力を平和利用のみに専念できるのかは、ひとえに理性の問題になります。
そして、これが将来、何らかの事情で破綻し、コインが裏返る可能性は否定できません。
ひとたび核兵器を持つ国が出現すると、それに追随する流れが生じる。それぞれの核保有国は当初はその気はないとしても、例えば外交・通商問題等に端を発する国家間の相互不信により、思い込みや偶発、誤認等による核戦争のリスクも生じます。これは現在でも言えることですが。
そして、たとえ平和利用に専念したところで、原発であれば設計や操作等の人的なミスによって私達の生活を脅かす可能性もつきまといます。
最後はテロリズムや自然災害のような、想定外の問題。原子力技術が予期せぬ勢力・あるいは自然災害等によって危機が生じるリスク。原子力はその利用法を問わず、ひとたび問題が生じれば、社会環境に深刻なダメージを与えかねません。
‖ 核兵器禁止条約が「核」全般のリスクを高める矛盾
核兵器禁止条約について、私なりの検証とその結論としては、「これでは核物質が増える方向にしか進まない」ということでした。
条約の前文では、「廃絶こそが核兵器が二度と使われないことを保証する唯一の方法」と謳われているわけですが、同時に、平和利用を推進する権利は差別されないわけです。
そうであるならば、核兵器が二度と使われないという絶対的な目標は、平和利用としての原子力技術の普及促進によって、結局は確率論的な問題に転化してしまう。核兵器を絶対に禁止するための条約が、かえってその使用や、核全般のリスクを高める結果を招くのではないか?私はそう懸念しています。
そして、特に日本の反核団体は、福島の「想定外」で、平和利用の抱える様々な矛盾を無視できないことを実感されたはず。しかし、核兵器禁止条約の「譲れない権利」を容認し、結局は反核=核兵器のみに反対という、従来のスタイルに戻ってしまうとすれば、私は大変残念に思います。
‖ 男女平等と核軍縮の関連性についての疑問
前文の下段には、およそ核兵器との関連性があるとは思えない、私にはどうにも理解し難い記述が見られます。
前文下段より抜粋
平等かつ完全で効果的な女性と男性双方の参加は持続性ある平和と安全の促進・達成の重要な要素であることを認識し、核軍縮における女性の効果的な参加の支持と強化に取り組む。
核問題には平等かつ完全な男女の参加が大切で、特に女性の存在は欠かせない。そのようなことが書かれているわけですが、これはいかがなものかと思います。
私は別に、男女平等という考え方を問題としているのではなく、これはむしろ良いことだと考えています。しかし、自分で良いことだと思っていることを、他人に強制するようなことはひかえるべきだとも考えています。
アメリカのニクソン元大統領は、ご自身の回顧録で、それぞれの国にはそれに適した近代化のスピードがあり、そこには紆余曲折があるのは当然であると説いているそうです。
つまり、男女平等は素晴らしいとしても、それを受け入れる側の政治的・文化的な背景を無視して、一律に推し進めれば良いわけでもない。特に中東諸国に見られる男性優位の社会では、女性が学問を志すだけでも問題とされることもあります。よって、条約における「平等かつ完全な」というような決め打ちはマズイと思うのですが。
‖ 条約の衝動買いに走る原発反対派の不条理
これまでの検証作業を通して、私がその1で示した、この条約にかんする率直な感想としての古臭さ、平和利用と軍事利用のリスク、あるいは特定の価値観の押しつけといった懸念について、一通りその理由を述べたつもりです。
それから、その6でも指摘したことですが、特に原発反対派において、条約の内容を確認せず、「日本も参加するべきだ」、「原発(輸出)反対!」なんてことを仰っている方が多い印象です。そこで、もし安倍首相に、「批准は時期尚早だが、平和利用、原発の推進では一致できる」なんて反論されたら目も当てられません。
たしかに、私は核兵器禁止条約には懸念を示しています。もちろん、条約の是非については人それぞれです。しかし、自分の考えを述べる際には、まずは一通り内容を把握しておくことが大切であると考えます。
条約を絶賛しつつ、一生懸命他人にも勧めるが、実はその内容を知らない。一体彼らは何を賛成しているのか?と、これまで条約の検証作業をしながら連載を続けてきましたが、終了までに疑問が解決することはありませんでした。
- おわり -
参考資料
今井隆吉 科学と外交
1994/2 https://bit.ly/2IjP5vP
金子熊男 日本の核・アジアの核―ニッポン人の核音痴を衝く
1997/5 https://amzn.to/2J5diHb
大田昌克 核の今がわかる本
2011/7 https://bit.ly/2Gm8Jd3
大田昌克 偽装の被爆国 核を捨てられない日本
2017/9 https://bit.ly/2E9OoCK
小川和久 日米同盟のリアリズム(文春新書)
2017/7 http://bit.ly/2AYkSj8
鈴木達治郎 核兵器と原発 日本が抱える「核」のジレンマ
2017/12 https://bit.ly/2EabVTX
川崎哲 新版 核兵器を禁止する
2018/2 https://bit.ly/2EaEVem
2018/4/1 追記
こちらについて、特に反核・反原発団体等から、核不拡散のために日本は核燃料サイクル(再処理)を放棄するべきという意見が見られます。日本が模範を示すことで他国も追随するという主旨です。
私も核燃料サイクルはやめるべきと考えますが、日本が模範を示せばどうにかなるかと言えば、それは別問題だろうと思います。
アメリカは70年代後半に、民生用の核燃料サイクル事業を凍結して現在に至ります。主な理由は、経済的な問題に加え、特に核不拡散上の問題で、アメリカが模範を示すことで他国に政策転換を促す思惑もありました。しかし、ご存知の通り、当時話題の中心にいた日本はやめませんでした。
当然、現在の日本が一方的に再処理をやめたからと言って、他国が続く保証はありません。確かに、日本を引き合いに、国際社会、とりわけアメリカに再処理の権利を求める国家も少なくないことは事実ですが、その前提が崩れたとしても、その後の理由付けはどうにでもなると思います。
そこで、私としては、日米が主体となって再処理を禁止する国際条約を提唱するべきと考えますが、これも途上国から見れば、先進国が主導する平和利用のアパルトヘイトであり、猛反発は必至でしょう。
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