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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

6/10投開票 新潟県知事選の結果について考えてみる その2 

新潟県知事選の感想については、ほぼ前回その1で述べた内容のとおりです。池田氏敗北の教訓として、今後の脱原発を目指す選挙戦では、応援に呼ぶ人、それ以前に付き合う人を選んだほうが良いと思いました。

そして今回は、前回の若干の補足、あるいは事実確認のような内容になっています。

‖ 池田知事で再稼働を止められる?

選挙期間中の池田氏への応援演説を聞いてみる(YOUTUBE、ツイッター等の選挙活動を含む)と、「池田さんなら原発(柏崎刈羽)を止められます」みたいなことがよく言われていました。

しかしこれはおかしいですよね。そもそも論として、知事には原発の稼働を止められるような法的な権限はないのですから。つまり、あのような応援の仕方は厳しい言葉になりますが、限りなく詐欺に近いです。

原発の建設に伴い、原発立地地域と電力会社は安全協定を結び、実際の稼働の際には地元の同意・理解を得るという手続きが行われます。現在、国内で稼働している規制委が安全性を認めた原発も、同様の手続きに基づいています。

しかし、こちらの「合意・理解」については、特段法的な根拠・拘束力はありません。したがって、電力会社としては、本来はそのような手続きは不要ということになります。

とはいえ、電力会社も、いくら法的な根拠が無いからといって、地元の意思を無視してまで稼働を進める気はありません。この手の議論では「根拠が無いんだからサッサと動かせ」みたいな意見も見られますが、それも誤りなのです。

電力会社としても、やはり地元との良好な関係があってこそのプラント運営です。形式的とはいえ、電力会社と立地地域が双方納得する形を演出することが重要なのです。電力会社としては、当面の課題である再稼働を含め、今後、新増設やリプレースも視野に入れているとすれば、地元との関係を悪くして得になることは何一つありません。

‖ 花角知事でも、直ちに再稼働とはならない

選挙戦では池田氏の応援団が、「花角知事ならすぐに再稼働だ!」なんて絶叫していましたが、やはりそうはなりません。

新潟 再稼働「知事選通じ意思確認」
2018/6/12 https://archive.li/09fE2 #nhk

一部抜粋

花角氏は柏崎刈羽原発の再稼働の是非について、「私自身は自分の言葉は軽いものではないと考えている。きのう言ったことをあす変えることはさらさらない」と述べ、県が進めている原発事故などの検証作業の最終報告をもとに、結論を出す考えを強調しました。
そして、再稼働問題についてのみずからの判断を県民に問うとしたことに関連し、・・辞職して再び、選挙に立候補することも含め県知事選挙を通じて県民の意思を確認したいという考えを示しました。



花角氏も、再稼働には慎重であるべきという民意を得て当選できた立場です。いくら自公支援の候補とはいえ、就任早々に再稼働の合意を表明するとか、そんなことにはなりません。そして東電も、再稼働の議論は検証作業の終了後を想定しているでしょう。

新潟県の民意と、一般的な立地自治体と電力会社の関係を考えると、実際の議論が行われる時期は、米山前知事が示した3、4年という検証期間(ただし、以前から期限にかんする根拠が議論になっているようですが)から差し引けば、まあ1~2年先か、そんなところでしょう。

再稼働については地元との関係のほか、規制委員会が東電の原発運転を認める上で、経営より安全を優先すると誓約させた経緯もあります。東電はこれから花角知事に安全性の説明と再稼働の同意を働きかけるでしょうが、やはり終始腰を低く構え、慎重に徹することは間違いありません。

しかし、慎重であれ何であれ、いずれにせよ花角知事が判断を下す時期は必ず訪れます。そしてこれは、たとえ池田知事であったとしても同じことです。

‖ 反対派にとって再稼働は「負け」なのか?

原発反対派の行動・主張を見ていると、どうにも「再稼働=負け」という意識が非常に強い印象です。選挙戦でも「花角さんだと再稼働、それでもいいんですか!?」なんて。まあ池田さんでも再稼働なんですけどねw

原発ゼロ=稼働を一切認めない。原発事故後、なぜかこのようなルールが反対派によって作られた印象です。これに従えば、例えば一定数の原発の稼働を認めつつ、40年ルールなどでフェードアウトを図る、段階的な「脱原発」政策は絶対に認められないということになります。

日本における世論動向は、たしかに原発には否定的ではありますが、「即時ゼロ」的な意見は少数にとどまります。再稼働には批判的な意見は多いものの、段階的なゼロが多数派であることを踏まえると、やはりある時期において、一定数の再稼働はやむを得ないという認識なのでしょう。

私は心情的には「即時ゼロ」ではありますが、これが世間的には少数派の意見であることは重々承知しています。そうであれば、やはり多数派の意見に沿う、柔軟な方法を模索するべきとも考えます。

この間、反対派は「即時ゼロ以外はすべて推進派」と言わんばかりに、無用に世論に喧嘩を売るような言説も目立ちました。これは反対派の反省材料の一つだと思います。「段階的」を含めた原発ゼロが世論の多数派であることを皆さん忘れているのか、それとも理解していない、あるいは認めたくないのでしょうか。

ちなみに、日本の反対派の認識を海外の事例に当てはめると、脱原発を進めるドイツ、あるいはその他の欧州諸国はすべて原発推進ということになります。アジアであればお隣の台湾などもそうですね。

‖ 政権交代で原発ゼロ?

知事選の話題とは少々異なりますが、原発ゼロのために政権交代という主張は、反対派の間でもよく言われていることです。

しかし、これもおかしいですよね。なぜなら、政権交代で原発がゼロになる根拠が乏しいからです。

たしかに自公政権は、現時点で原発をやめるつもりはないでしょう。でも、その前の民主党政権はどうだったのでしょうか?

渦中の柏崎刈羽原発。これを稼働する理由は、原発事故を起こした東電の再建が目的とされています。原賠機構が東電に肩代わりする条件としての再稼働。このような賠償スキームを作ったのが民主党政権でした。それが野党になった途端に、「再稼働反対」ですから。これでは野党だから反対してるだけではないですか。

民主党・野田政権が原発ゼロを断念した最大の理由は、国内に原発をやめるための法律が実質的には存在しないことでした。原発ゼロなら、例えば青森県が核のゴミを突き返すと迫る。そして、法的には核燃料サイクルをやめるという選択肢が存在しない。だからこそ、2030年代原発ゼロと核燃料サイクルの推進という、矛盾した話になったのです。

原発ゼロのための法的根拠がない現状では、仮に政権交代が実現したとしても、少なくともゼロのための法的な枠組みが作られるまでの間は、当然原発は稼働することになります。建設中の原発があるとすれば、おそらくそれを止める手立ても無い(例:民主党政権時の島根3号、大間、六ヶ所再処理工場等)と思われます。

こちらについては、先の世論動向の話とも繋がります。実は反対派こそ一定数の原発再稼働は(不本意とはいえ)想定しておくべきと考えます。いわば消極的再稼働容認とでも言うのでしょうか。

野党も原発ゼロを目指すということで私も一応期待しているのですが、本当にやる気があるなら、政策実現のための課題・論点整理(特に青森等、ステークホルダーの利害調整が重要)を進め、それらを積極的に国会の場、あるいは有権者の前に提示するべきでしょう。うわべだけのスローガンはもう結構です。

そのような意味では、私としては立憲民主党の「原発ゼロ法案」なども悪くないと考えますが、こちらは今どうなってるんでしょうか?法案は提出したらしいのですが、例のモリカケ論争で全然話題にならなくなりました。

- おわり -

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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