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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

原発推進派と日本共産党は「アベ政治を許さない!」で一点共闘するべきである(補足その2) 

前回私は、既に日本では原発推進派は存在しないことをいくつかの事例をもとに説明しました。それは、形の上では推進派は存在しても、実際には彼らはそれに見合った具体的な行動・提言を行っていないという意味です。それどころか、業界の斜陽化を前提としているところが私には奇妙に映ります。オタクらはやる気があるのかとw

しかし、何事にも例外は存在します。今の世の中で本物の推進派がいないわけでもないのです。

‖ 本物の「推進派」はただ1人だけ!

私の知る限り、原発事故からこれまでの間で、今後も原発を増やすべきと主張していた人物は、元九州電力会長で九州経済界のドン、松尾新吾(九経連会長・2012当時)氏ただ1人です。

脱原発の民意 多数と思わぬ 原発比率 7割8割にすべき
2012/9/25 https://bit.ly/2J2xRYN #朝日新聞

一部抜粋

 -九電の経営に長く携わった中で、原発比率が高すぎたという反省は。
 「ありません。今でも、7割8割にすべきだと思っています。このまま行けば(日本は)大変なことになる」



松尾氏が掲げる原発比率7、8割という野心的な数値目標。これは全国か九電エリアなのかは定かではありませんが、民主党・野田政権の原発ゼロ政策を受けてのインタビュー記事という体裁上、松尾氏の意図はおそらく前者。どちらにせよ倍増(震災前は全国3割・九電4割)させるべきという話です。

こちらの記事を読まれた方は、「バカげている、あまりにも非現実的だ!」と思われるでしょう。しかし、実はこのようなバカげた数値目標こそが、今後の原子力産業の人材確保のためには重要な意味を帯びてくると思うのです。

‖ 原子力がアップルやグーグルだった時代

日本の原子力の歴史上、その全盛期はいつのことかといえば、それは1950年代末~1970年代前半あたりでしょう。

当時は「原子力=原発」ではなく、「万能」というイメージでした。原子力が持つ無限の可能性が人々の生活環境に飛躍的な進歩をもたらす。原発、原子力自動車・飛行機、製鉄業等、工業全般への応用。核爆発による台風の消滅や消火活動。土木、採掘事業。放射線利用では医療・材料工学への応用等。原子力が魔法の杖と考えられていた時代です。

このような価値観は革新・左派勢力でも例外ではなく、例えば日本共産党は「原子力問題にかんする決議(1961)」において、社会主義・ソ連の原子力平和利用の優位性を高らかにアピールしています。

 原子力についての敵の宣伝は、原子力がもつ人類の福祉のための無限の可能性が、 帝国主義と独占体の支配する資本主義社会においてそのまま自動的に実現できるかのように主張している。
 しかし、帝国主義と独占体の支配のもとでは、軍事的利用が中心におかれ、それへの努力が陰に陽に追求され、平和的利用は大きく制限される。したがって軍事的利用を阻止し、平和利用、安全性をかちとる道は、 帝国主義と独占体の支配の政策に反対する統一戦線の発展と勝利にむすびついている。
 原子力のもつ人類のあるゆる技術的可能性を十分に福祉に奉仕させることは、人民が主権をもつ新しい民主主義の社会、さらに社会主義、共産主義の社会においてのみ可能である。ソ連における原子力の平和利用はこのことを示している。



当ブログでも何度か紹介している高木(仁三郎)先生。先生も当時の世相を受けて、60年代前半に三井原子力事業株式会社に就職しています。ちなみに高木先生は東大卒です。

あるいは小出裕章先生。先生が京大で原子力を志したのは1970年頃。ラジオか雑誌の記事かは忘れましたが、先生によれば、自分は大変出来の良い学生だったらしく、当時はそのような人がこぞって原子力を学んでいたようです。

当時は将来の原発比率が何%とか、そんな小さい話ではなくて、本当になんでもあり。原子力を軸に人類の生活水準が無限に増大することが確実視されていたわけですから、そんなチャンスを前に、特に優秀な人達が無関心であるはずがなかったのです。原子力は今で言えばアップルやグーグルであり、時代の最先端をゆく業界でした。

原子力は当時言われたほどの業界には発展せず、魔法の杖などとんでもないと、今なら誰でも言えます。しかし、業界としての有望性・将来性が誇張して喧伝されるくらい、ある意味バカげているくらいが丁度いいというか、その分だけ優秀な人材も集まりやすい側面は否めないと思います。何事もブームは過大評価の場合が多いですから。

‖ 原発推進のための数値目標と40年ルールの壁

もちろん、今から1950年代に戻れというのは無理な話で、松尾氏の提言も現実にはハードルが高すぎです。しかし、持続可能な原子力産業を考える上では、現行のエネルギー基本計画に見られる原発比率では先細りは明らかです。そのため、どうしても原発を増やす、本当の意味で推進する必要があります。

経済産業省 資源エネルギー庁 エネルギー基本計画 平成22年6月(PDF)
2010 https://bit.ly/2Ce4r4p

経済産業省 現行のエネルギー基本計画(2010年6月閣議決定)の概要(PDF)
2011 https://bit.ly/2TvXHcA

民主党・菅政権時に閣議決定された第3次エネルギー基本計画。2020年までに原発9基、2030年までには最低でも14基(9+5)の新増設。稼働率は90%以上。そして、2030年の原発比率は53%を想定する。そのような内容です。

ここで前回の「3E」の話について。これは特定のエネルギー源に依存せず、バランス良く。エネルギーミックスが日本のエネルギー政策の理想という話でしたが、実はこの考え方は2010年の段階で一度撤回されていたのです。何しろ特定の電源・原発に頼る方針になっていたわけですから。

どうでしょう?これくらいの適度にバカげた数値目標であれば、原子力の現場は安堵と活気に溢れ、志望者の目の色も変わってくると思います。朝生で田原総一朗氏は、「なぜ日本ではアップルやグーグルが出来ないんだ!」なんて度々仰ってますが、そのかわりに原発がありますよと。

そしてこのくらいの水準を目指すのであれば、特に規制委員会の40年ルール(+20年延長)は非常に問題となります。

現在欧州で建設中の欧州加圧水型炉(EPR)の事例や原発事故による安全対策費の高騰を考えると、今後日本で新規に作られる原発の建設コストは、1基あたり1~2兆円、あるいはそれ以上かもしれません。これは震災前の相場から考えれば2~5倍程度になります。

建設費用が数倍に膨れ上がるのに、それがたったの40年(60年)しか使えない。これでは電力会社としても原発建設のインセンティブが失われてしまいます。原発は法隆寺の五重塔と同じと考えれば、そもそも40年ルールはナンセンスなのかもしれません。

‖ 全ては「アベのせい」である

原発推進が上手くいかない理由。それは世論動向や反原発団体などにはなく、全ては政治の責任であり、安倍政権が悪いのです。ネット上では自然災害から国際紛争まで、何でもかんでも「アベのせい」とする奇妙な現象も見られますが、陰謀ネタはさておき、少なくとも原発推進がうまくいかない理由は全てアベのせいなのです。

原発推進派と称する方々も、本気で推進したいと考えているのであれば、このまま安倍政権による「原発推進が失われた9年」を到底受け入れることは出来ないはず。つまり、持続可能な原子力産業を目指すための「安倍おろし」が喫緊の課題となるでしょう。これには「左の原子力ムラ」、日本共産党も協力出来る余地があるでしょう。

しかし、ポスト安倍政権が似たような政策を続けては意味がないので、しっかりと業界に配慮できる、原発政策から逃げない・ブレずに推進できる人選が課題となります。現在、次期首相候補として挙げられる、石破茂・岸田文雄・河野太郎・小泉進次郎氏。全員ダメですね。

それにしても、なぜ安倍総理は原発問題から逃げるのか?小泉純一郎氏の言葉を逆説的に考えれば、原発を推進しやすい恵まれた環境にいるはずなのに。理由はわかりませんが、総理の原発への意欲の無さが、結果として日本の原発ゼロに貢献しているわけですから、その点については私は評価できる部分があると考えています。

推進派は直ちに「アベノセイダーズ」になるべきなのです。

- おわり -

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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