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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

反原発・ニセモノ狩りの記録7 -日米原子力協定- 応用編その3 

‖ 老いてなお盛んな原子力ムラの重鎮

日米原子力協定に関しては、最近このような記事もありました。元原子力委員会委員長代理の遠藤哲也氏によるBLOGOSの記事になります。遠藤氏といえば原発推進派の重鎮として有名で、ご高齢にもかかわらず、今もなお積極的に各方面で原子力に関する意見や提言を述べられていて、その影響力は依然として強いものがあるようです。

日米原子力協定と日本の行うべき政策 遠藤 哲也 元原子力委員会委員長代理
2015/11/10 https://archive.is/BcC2R #blogos

一部抜粋

日本は現在、国の内外に47トン強の分離プルトニウムを持っている。これだけでも大変な量であるのに、これに加えて六ヶ所の再処理工場が稼働すると新たなプルトニウムが追加される。工場がフル稼働するようになると年約8トンのプルトニウムが抽出される。日本は、このような量のプルトニウムを一体どうやって消費するつもりなのか。

米国は、日本が核武装に向かうとは思っていないが、日本にこのようなプルトニウムの保有を認めることは、他国に対して非常に悪い先例になり、また、核セキュリティー(核テロ)上も大いに問題であると深刻な懸念を抱いている。



遠藤氏も当然ながら余剰プルトニウムの問題には懸念を示していて、なおかつその使い道についてはいまいち弱気な印象が見受けられます。

・日本が核武装に向かうとは思わないが(日本の国内の一部からはそのような声は聞くし、また核燃料サイクルは核抑止になるという著名な政治家の発言もある)、ほかの国への悪い先例になる。また、東アジアの国際政治に緊張激化を招くことになりかねない。大量のプルトニウムの蓄積は、核拡散、核セキュリティー上、ゆゆしき問題である。

・日本は利用目的のない余剰プルトニウムをもたないと内外に公言しているが、その約束は絵に描いた餅のようで実際は膨大な量のプルトニウムを抱え、消費の目途が立っていない。



そしてこのように、遠藤氏はアメリカ(当然国際社会も含んだ話になりますが)の日本の余剰プルトニウムに関する懸念を整理する形で、私が今まで書いてきたようなことを述べられています。

繰り返しになりますが、原子力の分野において国際社会が日本に対して特に注視している点は、余剰プルトニウムの目的外使用の懸念(核兵器開発・核拡散)であることは明らかです。これはたとえ「その気」はなくともそうみなされる性質のものですし、国内ではたまに「その気のある」方が物騒な発言をしてしまうこともあるわけですが、この問題は日本人が考えている以上に国際社会では重要視されています。

‖ 重鎮は「空しい政治的願望」を恐れている

なお、「原子力は平和利用に限る」という原子力ムラの矜持のとおり、遠藤氏は福島原発事故以前から、原発推進派の一部で支持されている、いわゆる「日本核武装論」を厳しく批判してきましたし、実際そのような主旨の論文も発表されています。

[原子力産業新聞] 2007年1月5日 第2361号 <12面> 日本核武装論と日米原子力協定 遠藤 哲也・元原子力委員長代理 「核武装論は現実的な政策オプションでない」
https://archive.is/2whTS

一部抜粋

わが国の原子力利用は国際的な核不拡散体制にしっかりと組込まれていて、日本が核開発に踏出すためにはNPTからの脱退(NPT第10条)、二国間については日米原子力協定をはじめ加、豪、英、仏等との協定から離脱することが必要である。何故ならば、これらの協定はいずれも名実共に平和利用を目的としているからである。日本がNPTから脱退するようなことがあれば、その影響は北朝鮮の場合どころでなく、NPT体制の崩壊を招きかねない。

二国間協定については事態がもっとはっきりしている。ウランの供給は完全に途絶される。日本の原子力活動と切っても切れない関係を持つ日米原子力協定は効力が停止され(協定第12条および実施取極第2条)、日本の原子力活動はほぼ中止に追込まれる。

米国の一部には、日本の核武装容認論者がいるかも知れないが、米国政府、米国全体としては日本の核武装はおろか、日本の再処理、濃縮に対しても極めて神経質である。かつての東海再処理工場の運転開始の経緯や現行の日米原子力協定交渉、および批准の際の経緯を振り返ってみればよい。当時筆者は日本側の代表として米国の厳しさを身をもって体験している。



やはり遠藤氏も「後ろから銃を撃ってくれるな」というお立場ということですね。核武装は感情論(賛否に関わらず)ではなくて、制度的に無理だし原発推進にとっては害にしかならない、そういう意味でやめてくれという、より実利を重んじた提言でしょう。その上で、この問題は原子力関係者がもっと強く言わなければならないと喝を入れているわけです。

それから遠藤氏には、このような物騒な論説(空しい政治的願望)には、原子力に携わる研究者やエンジニア等のモチベーションにも関わってくるという懸念もあったように思います。私としてはもちろん原発にやる気を持たれては困りますけども、例えば放射線防護やより安全性の高い廃炉技術の研究等。こういうものは脱原発のためには必要ですし、この種の産業の従事者や、あるいはこれからそういう業界を志望される方にも差支えがあってはいけないとは思います。

その4につづく

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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