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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

アメリカが核燃料サイクル政策に難色を示すことは別に異例ではない その4 

その3から随分と間が空いてしまいましたが、今回はまとめのような感じです。

‖ 核燃料サイクル アメリカは勧めはしないが、日本は国策で止められない

核燃料サイクルに関しては、アメリカは当初から日本の計画に懸念を示しており、今でも本音としてはやめて欲しい。

しかし、日本は国策なのでやめられない。「そこに山(プルトニウムの)があるから」といいますか、結局は国内的にいろいろやめたくない理由があるということです。

今回の話は核燃料サイクルについてですが、原発もまた同じことです。

高木仁三郎 人間の顔をした科学
2001/05/25 http://goo.gl/8IbDcY

一部抜粋

 『どうする日本の原子力』の著者たちも、原子力はやるべきだと言っていますが、プルトニウムについては今の政策はやめた方がいいと言っています。一切やめようとは言っていませんが、「思い切った政策転換を」といった言い方で、やめたほうがいいとかなり言っている。内部の人たちがそう言わなければならないくらい、もう答えは出ているんです。答えが出ているのに、なぜ止められないか。ここが一番問題です。
 これはたぶん、今回の連続講座「化学物質と生活」全体を通じて―現代の政府のプロジェクトを通じて言えることですね。だいたい官僚が掲げた巨大プロジェクトは、すでに巨大さゆえにやめられなくなってしまっているところがあります。
 私は、この図Ⅲ-5をよく使うのですが、原子力にかかっている各国のエネルギー研究開発費です。パーセントでいうと、原子力大国フランスと日本が非常に多い。原子力をあきらめきれない国は少なくないですが、絶対額で言うと断トツに多いのは日本です。この多さが何から来るかというと、プルサーマルによって国家の予算を食っているからなんですね。普通の原発は電力会社の管轄ですから、それほど国家の予算を取りません。そして、こんなに国家の予算を食ってしまうと、そこにぶら下がる産業が出てくるし、さまざま利権もかかってくる。そこに絡む技術者もものすごく多くなります。
 いつも官僚と議論になるんですが、彼らは「やめられない。引き返せない」と言うんです。泥沼になるとわかっていて、引き返せない。「去るも地獄、残るも地獄」とある官僚は言いました。



幻の原発ゼロ 民主党はなぜ挫折したか(菅直人元首相)
2013/4/30 #北海道新聞

一部抜粋

 ―電源開発大間原発(青森県大間町)の建設再開を認めるなど、「原発ゼロ」との矛盾も指摘されました。
 「国民からすれば『なんだ、止めると言いながら続けるんじゃないか』と思うでしょうが、まあ、政権を持っているとね…。大間原発については既に建設許可が出ていて、止めるなら許可を取り消さないといけない。それには根拠がいる。原子力規制委員会もない段階で、できることには限界がありました」



「再処理早く進めるべき」民主・岡田代表
2015/7/15 https://archive.is/crXkV #東奥日報

一部抜粋

民主党の岡田克也代表は12日、青森市のラ・プラス青い森で東奥日報社のインタビューに応じ、東北電力東通原発など既設原発の再稼働を認め、使用済み核燃料については「早く再処理することが大事だ」との考えを示した。昨年12月の衆院選で示した同党のマニフェスト(政権公約)では核燃料サイクル政策について全く触れておらず、一歩踏み込んだ発言となった。



このように、日本が原発(核燃料サイクル)をやめられない理由と言うのは、一言で言えば「惰性」です。巨大技術、あるいはプロジェクトである原子力事業は、その仕様上、様々な業界の利害が絡んできます。

例えば官僚機構であれば、自らの省益の確保、官僚無謬論(政策上の誤りを正せない、メンツを保つ)、民間企業であればある種の魅力的な公共事業的案件(労使ともにメリット)であり、政治であれば大変有力な集票・資金源にもなります。

もちろん、そこには例えば安全性がどうとかと言うのは、原子力のステークホルダーにとっては基本的には興味の対象外なのです。誰かが仰っていましたが、「原発は必要だから安全なのだ」というお話はまさにその通りだと思います。

このように、日本が原発を止められない理由は専ら国内要因、内的要因にあり、これを正すにはそれなりの時間がかかることはやむを得ない事だと思います。これは以前にも書いたことですが、一度作られた政策というのは、その政策を作った時の何倍もの政治的・経済的・人的なコストが必要になるということです。

本来、脱原発というのはそのような社会の現実を踏まえた考え方・アプローチの手法であり、そうであるならば、核燃料サイクルについても反核燃ではなく、脱核燃という姿勢で臨むことが理にかなっていると言えるのだと思います。

‖ 原発ゼロを目指す民進党の意欲が伝わらない

政治では「脱原発」、「原発ゼロ」を掲げる政党も見られますが、例えば民進党であれば基本政策に原発ゼロを掲げているのにもかかわらず、核燃料サイクルについては何も触れられていませんし、先ほど挙げた記事によれば、岡田代表は再処理(+再稼働)に意欲的な発言もしています。

民進党は2030年代原発ゼロという公約を掲げている手前、せめて核燃料サイクルについても「柔軟性を持った政策を」、「需給関係を無視した全量再処理路線の是正」くらいは主張してほしいものです。

そういう意味で、これは以前にも述べたことではありますが、民進党の原発ゼロ政策は軽いのです。自然エネルギーや省エネなんて誰でもやりますよw

おそらく、自民党もさすがに従来の全量再処理路線は断念するんじゃないかと私は見ていますが・・。

- おわり -

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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