09// 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. //11
 

冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

原子力の平和利用について少し考えてみる 

今年は広島・長崎への原爆投下から70年になりますが、節目の年ということもあって、例年以上に様々なメディアで「原爆特集」が組まれているようです。私も原爆に終戦と、この時期だけはいつもと違う独特の雰囲気を感じます。

そんなわけで、今回はこの時期に関連する企画として、「原子力の平和利用とは何なのか?」について少し考えてみたいと思います。

‖ 平和利用の定義と、それに対する疑問

原子力の平和利用。これは素直に考えれば、読んで字のごとく「原子力を平和目的に使うこと」です。

この考えに立てば、当然、「原子力の軍事利用」にあたる核兵器の製造・使用は除外されます。この時期によく使われる「核なき社会」という言葉も、これは核兵器を無くしましょうという意味です。

これを踏まえると、言葉の上では核兵器を無くすことが原子力の平和利用になるわけですが、私としてはこの理屈に大いに疑問を持っています。

お察しのとおり、私が考えていることは、「そもそも原発は原子力の平和利用に入るのか?」ということです。

このような疑問に対して、例えば「原爆と原発は違う」いう話もありますが、その用途が軍事利用であれ平和利用であれ、私には区別がつきません。

もちろん核物質の組成の違いなどもあって、両者は同じとは言えないのですが、場合によっては国家規模の災害になり得るという意味においては一致しています。いわゆる「死の灰」にしても、軍事であろうと平和であろうと同じなわけです。軍事利用が汚くて、平和利用(原発)の死の灰はキレイなのだというような話はありえません。

‖ 一般的な「反核」は、原発を議論の対象としないか、平和利用として容認する印象

このような考え方になったのは、やはり福島原発事故以降ですが、そこで1つ気が付いたことがあります。実は以前から存在してきた「反核」の団体の方針も、基本的には「反核兵器」であって、「原発」に関しては対象外、あるいは肯定的なスタンスである場合が多いのです。

反核繋がりで言うと、自治体によっては「非核平和都市宣言」を制定しているところもありますが、ここでの「非核平和」も基本的には「反核兵器」という位置づけです。核兵器を廃絶して、原子力の平和利用を推進しましょうというパターンです。

もっとも、これらの反核団体・非核都市も、福島の現実を無視するわけにもいかなくなり、脱原発的な要素を取り入れる動きも出てきているようです。しかし、「原爆と原発は・・」という論理で、両者を同列に扱うことを嫌う傾向は依然として根強い気がします。

‖ 原子力の平和利用論は冷戦時代における客引き・セールストーク

そもそも、戦後の原子力の平和利用という言葉は、旧ソ連の後の最高指導者マレンコフ政治局員(1952)と、アメリカのアイゼンハワー大統領(1953)が用いたことで世界中に広まったものです。一般的には、平和利用=アイゼンハワー・アメリカと思われがちですが、この件で先んじたのはソ連であって、それにアメリカが後追いする形で平和利用論が広まったのです。

原子力の軍事利用は世界に破滅をもたらすが、平和目的に使えば人類に無限の繁栄を約束する。平和利用論の典型的な謳い文句ですが、これは裏を返せば、米ソ冷戦における両陣営への客引き合戦、セールストークのようなものです。すなわち、「自由主義 vs 共産主義」、「西 vs 東」などというように、両陣営の哲学の違いによって平和利用を競い合う。原子力の分野もまた、冷戦時代の影響を強く受けていたということなのです。

‖ 原子力の平和利用と冷戦思考

未だに原爆と原発は違う、という発言が肯定的に使われている現状を見ると、結局、世間一般の原子力の平和利用論や反核運動の論理も、冷戦時代の遺物である原子力平和利用論の影響が根強く、そこから抜け出せないない状況にあると、私はそのように考えています。

福島を経た今こそ、原子力の平和利用を根本から考え直す時期に来ていると思います。

そういう意味では、個人的には先日の愛媛新聞の社説がなかなかいい感じでしたので、最後に紹介させていただきます。


原爆の日 核の「過ち」繰り返さない誓いを(一部抜粋)
2015年8月6日 https://archive.is/GaQG8 #愛媛新聞

 東京電力福島第1原発事故でも、核の恐怖がよみがえった。「原子力の平和利用」というが核に良い核も悪い核もない。ひとたび事故を起こせば制御できないことを思い知ったはずだ。それでも国は、責任を曖昧にしたまま、原発再稼働を急いでいる。核兵器に転用できるプルトニウムをためこみ、テロの標的になる危険性も否定できない。悲劇を食い止めるには、どの核も廃絶するしかないのだと肝に銘じ、脱原発へかじを切らなければならない。


関連記事
スポンサーサイト

カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

page top

コメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://hiyashitanukian.blog.fc2.com/tb.php/52-cbc9a48f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top