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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

原子力基本法の「我が国の安全保障に資することを目的」として実際に検討されている事例(補足) 

‖ 原子力基本法の改正=核武装のデマを広めたのは・・

原子力基本法の改正が日本の核武装への道を開いたとか、核武装を決定したとか、情報の受け手にそのような誤解を生じさせるきっかけを作ったのが、当時のネットユーザーの反応などを見てみると、それは東京新聞ということになるのだろうと思います。

「原子力の憲法」こっそり変更
2012/6/22 https://goo.gl/QMKk7f #東京新聞

一部抜粋

二十日に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、「原子力の憲法」ともいわれる原子力基本法の基本方針が変更された。基本方針の変更は三十四年ぶり。法案は衆院を通過するまで国会のホームページに掲載されておらず、国民の目に触れない形で、ほとんど議論もなく重大な変更が行われていた。



タイトルの「こっそり(実際はそういうわけでもないようですが)」とか、記事中では「重大な変更」、「核の軍事利用につながる」、「どさくさに紛れ」等といった読者の不安をあおるような内容で、これでは日本は核武装を進めるのかと誤解しても仕方がないのかなとも思います。原子力基本法及び原子力規制員会設置法の条文を冷静に読めば何のことはないのですが、「安全保障=軍事力・核武装」という固定観念があると、「そうか、これはそういう話なのだ!」と。・・いや、全然違うんですけどねw

他紙で言えば毎日新聞、朝日新聞辺りもあまり良くない印象だった記憶がありますが、比較的産経新聞はまだマシなのかな?と思ってもみましたが、こちらは別の意味でダメでしたw

‖ 原子力の平和利用推進で斜め上を行く産経新聞

原子力基本法 「安全保障」明記は当然だ(産経新聞 社説)
2012.6.24 1/2 https://goo.gl/XvrXps 2/2 https://goo.gl/sp5DZV #産経新聞

一部抜粋

20日に成立した原子力規制委員会設置法の「付則」に記された、原子力基本法の一部改正が問題になっている。

 原子力基本法の基本方針を定めた第2条を改正し、「我が国の安全保障に資することを目的として」と明記した第2項が加えられたためだ。

・・

 だが、第2条の第1項を再度、確認してもらいたい。「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として」と、しっかり規定されているではないか。

 この第1項を受けて続く第2項の「安全保障」が核兵器開発などに直結しないことは明々白々だ。エネルギー安全保障や核不拡散を強化する意味での用法と理解するのが順当な解釈である。



産経新聞の社説は、原子力基本法の「我が国の安全保障に資する」についての説明としては比較的まともであると思います。ただし、産経新聞は安全保障の範疇にエネルギーも含めているわけですが、私としては条文から読み取れる内容としては、核セキュリティー(核不拡散も当然入ります)の事を示していると思います。なお、原発の推進は我が国のエネルギー安全保障を逆に損ねているというのが当ブログの見解でもあります。

とりあえずここまでは概ね妥当として、しかし、問題は後半部分(2/2)なのです。

単語を文脈から切り離し、負の意味を重ねて問題視する姿勢こそ問題だ。それでも、この件を単なる誤解や曲解として事態を軽視する対応は禁物だ。政府は国内外に対し、速やかに誤解を解くための手を打たねばならない。

 説明を怠れば、日本のエネルギー政策の基本が痛手を受けかねない。資源に乏しい日本は、使用済みの原子力燃料を再処理して取り出したプルトニウムとウランを混合し、新たな燃料として有効利用するリサイクル計画に国の将来を託しているからである。

 日本は非核保有国として唯一、再処理が認められている。基本法の改定が核兵器製造に直結しないことを、世界に向けて改めて強調しておく必要がある。



単語を文脈から切り離し・・という主張はまあそのとおりとして、ここでどさくさ紛れに核燃料サイクルのPRというのはいただけないですね。産経新聞としては使用目的のないプルトニウムがあると国際社会から軍事利用を疑われるから困る(だからこその核燃料サイクル)だろうという理屈なのでしょうが、プルトニウムは何も燃やすだけが唯一の手段ではありません。プルトニウムは不純物を混ぜて廃棄処分にする(あるいはイギリスなどへの所有権移転)というような話は産経としてはあまり言いたくないのでしょうが。

だんだん雲行きが怪しくなってきましたが、極めつけになるのは最後の段落です。

 同時に、抑止力などの観点も含めて原子力技術を堅持することは日本の安全保障にとって不可欠である。非核三原則の見直しなどの論議も封殺してはなるまい。こうしたことも心に刻んでおく必要があるのは言うまでもない。



これまで「安全保障」は核武装ではないと極めて真っ当なフォローをしておきながら、最後で原子力基本法の理念に真っ向から反対することを述べているわけです。こちらの安全保障は明らかに軍事利用の意味で、それを意図した結びになっています。結局のところ産経新聞は、いわゆる「斜め上を行く」と言いますか・・w

‖ 核武装はそう甘い話ではない

原子力基本法(及び規制委員会設置法)の「我が国の安全保障に資する」が核武装を意図したものではないことは明白です。根拠の乏しい過大な心配は無用とはいえ、現在の日本の原子力、工業技術・経済水準等から考えても、核武装への懸念については一応警戒しておかなければならないことは確かだと思います。

しかし、どうにも日本の核武装を懸念される方、あるいは期待される方に共通する意見としては、日本の核武装が比較的容易に、それこそ明日にでも実現可能であるかのような前提があるように思います。

とはいえ、そのような前提はフィクションに過ぎず、現実的に考えて日本の核武装は悲観論・楽観論者双方が想像するほど、そう甘い話ではないと思います。少なくとも法律を少々変える程度でどうにかなるような話ではないでしょう。

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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