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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

核兵器や原発に反対する人こそ核武装の可能性の議論をした方が良い 

稲田防衛相、核保有「憲法上、限定ない」 政府見解踏襲
2016年8月5日 http://archive.is/zInqR #朝日新聞

一部抜粋

稲田朋美防衛相は5日の記者会見で、日本の核兵器保有について「憲法上、必要最小限度がどのような兵器であるかということに限定がない」と述べ、憲法9条で禁止しているわけではないとする従来の政府見解に沿って説明した。ただ、「現時点で核保有はあり得ない」としつつ、「未来のことは申し上げる立場にない」とも語った。
 稲田氏は2011年3月号の雑誌「正論」の対談で、「長期的には日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないでしょうか」と発言していた。しかし5日の会見では、非核三原則について「国是として堅持をしている」と強調。「現時点で核保有することはあり得ないし、検討する必要もない」と述べた。



核保有に関しては憲法上の限定が無い。この辺りは余計な先入観を持たないで考えれば極めて妥当ではあります。この点に関しては稲田大臣の発言は特に問題点は見当たらないと思います。

憲法上、必要最小限度の兵器とはどのようなものかといえば、それは必要最小限度を超えない兵器になります。その種類は純法理論上は問いませんが、必要最小限度を超える場合は全て憲法違反の疑いが生じることになります。平たく言えば専守防衛がベースとなるのでしょう。

‖ 感情論による反核論では片手落ち

いわゆる「核」にかんする話題というのは、マスコミの論調やネットの反応などを見ていると、どうにも即否定というか、「唯一の被爆国日本、ヒロシマナガサキを忘れたのか!」といった通り一辺倒の批判に終始してしまうと言いますか、私としてはそれでは批判の仕方が不十分ではないか、ある意味ではもったいないなと考えています。

核にまつわる話としては、例えば、「日本人は核武装の議論をするべきである」、「核アレルギー、非核四原則(持たず・作らず・持ち込ませず・議論させず)の日本には核にかんする言論の自由がない」・・。こういう発言をたまにテレビや雑誌などで見聞きします。このような発言はどちらかというと、核武装を肯定的に考える文脈で語られている傾向ではあります。

しかし、核武装、あるいは原発に反対の人であっても日本の核武装の可能性に関して議論した方が良いというのが私の考え方です。

‖ あえて日本の核武装の可能性を検討して、その限界を知る

核兵器や原発に反対であるからこそ、ひとまず感情論を抜きにして、逆にどのようにすれば日本は核武装が可能になるのかを考えてみる。そうすると、核武装のハードルというのは想像以上に高いことがわかってきます。この辺の話は以前の連載でもいろいろ触れてきたのでここでは割愛しますが、ほとんど絶望的です。

私の場合は原発問題を調べていくうちにこの辺の理解が深まりましたが、それ以前は「その気になれば出来るんじゃないの?」みたいに軽く考えていた(かと言って保有するべきとは考えていませんでしたが)のが正直なところです。何しろたまに政治家や有識者とされる方々が、北朝鮮や中国案件などで「いっちょやってやるか!」みたいなニュアンスで語るものですから、まあそうなんだろうなと。

普段は核武装するべきと勇ましいことを仰る方が、いざ要職に就いた途端に発言を撤回する。普段は随分と強気だけど実態はこんなものだろう。これ以上の不規則発言は自分の首を絞めることになるだろう。

安全保障の専門家・リアリストを自称しながら、実現の見込みのない核武装の事ばかり主張するような人は、ホントは日本の安全保障に興味がなく、実はバーチャル世界の住人なのではないか・・?望みの薄いことに労力を投入するくらいなら、それ以外の論点を検討するのが我が国の安全保障に資する(=エネルギー安全保障にも)ことに繋がるのではないか・・?

核武装論者で原発推進。こうなってくると大好物、しめたもの。このようなタイプは原発推進の重鎮である遠藤哲也(元:原子力委員長代理)氏の天敵であり、空しい政治的願望にとらわれたトラブルメーカー。万一日本が核武装に着手すると一夜にして一切の原子力(原発)の推進の手段を失うことになる。この点を理解しておけば、原子力ムラを後ろから銃で撃つ行為を買って出てくれるような人(当人にはその自覚がないw)は、考えようによっては原発反対派の味方とも言えるのです。

核にまつわる話は、一時の感情に任せて怒ればその時点で消費されて終わってしまいますが、理屈で考えると核兵器や原発反対の世論を喚起する有益なリソース・資源にもなり得るだろうと思います。

‖ 反核論者こそ安全保障の専門家に学ぶべき

核兵器や原発に反対の立場から「日本の核武装の可能性について検討してみよう!」というような議論の流れが出てくるとなかなか面白いんじゃないかと、私は思うのですが。例えば毎年8月のこの時期に、軍事アナリストなどを講師としてお招きして、あえて我が国の安全保障と核武装の可能性について一緒に考えてみる。まともな専門家であれば、日本の核武装をオススメするような方はいませんので。

とはいえ、核兵器や原発に反対される方というのは、基本、軍事アナリストと聞いただけで「好戦的な戦争オタク」みたいに拒否反応を示される方が多数派と思われますので、おそらく無理だと思いますがw

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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