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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

日本の核武装のための技術的な問題点について考えてみる その1 

今まで折に触れて、日本の核武装についてはほとんど不可能であるという記事を何度か書いてきました。

過去の記事を読み返してみると、核武装は技術的・政治的なハードルが高いとしながらも、主に政治的な問題ばかりに終始していた感があります。技術的な課題はもちろん重要ですが、結局最大の問題になるのは国内や国際社会との兼ね合い、つまり政治問題ということで、私としては技術的な課題をそれほど重要視していないというのもあります。

とはいえ、今度予定している記事(こちらも核武装関連ですが)を書いていくうえで、一応核武装にかんする技術的な課題についても少々触れておいた方が良いのではないかとも考え、今回はそのような内容になります。

‖ 原発のプルトニウムで核兵器4000発を作れる・・かもしれない

核武装のための第一歩は何かと考えると、やはり核爆発のための材料、すなわちウラン・プルトニウムということになります。ちなみにここではプルトニウム(核兵器の主流はプルトニウム型というのもありますので)のみを扱います。

こちらに関しては、皆さんは「日本は原爆4000発、5000発分のプルトニウムを持っている。その気になればいつでも、一晩で核武装が出来る!」みたいな話を見聞きしたことがあるのではないでしょうか?

このような話はそれこそ掃いて捨てるほどあるわけですが、例えばこんな記事があります。

小沢党首、核武装可能と中国けん制
2002/4/6 https://goo.gl/l7an0q #日本経済新聞

一部抜粋

自由党の小沢一郎党首は6日、福岡市内で講演し、軍事力増強を続ける中国を批判して「あまりいい気になると日本人はヒステリーを起こす。核弾頭をつくるのは簡単なんだ。原発でプルトニウムは何千発分もある。本気になれば軍事力では負けない。そうなったらどうするんだ」と述べた。



核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <7>
2010 http://archive.is/R7HUu #中国新聞

一部抜粋

2002年4月
自由党の小沢一郎党首「日本がその気になったら一朝にして何千発の核弾頭が保有できる。原発にプルトニウムは3千、4千発分もあるのではないか」



小沢一郎(当時自由党)議員は、当時は核武装論者と言われていた人物です。今は当時のような過激な発言は鳴りを潜め、「安倍さんが原発再稼働を急ぐのは核開発技術を温存するため」などと仰っているようですがw

小沢氏が核武装論者であるか否か(その時の状況に応じて政策を変えるとも評されていますが)はさておき、上記の記事のとおり小沢氏は、日本人がその気になれば、あるいはヒステリーを起こして、一朝にして核兵器三千、四千発・・というようなことを仰っています。

小沢氏が仰る「原発でプルトニウム何千発」というのは、これは主に原発の使用済み燃料を再処理することで作られる「原子炉級プルトニウム」のことを示しています。2002年当時で「原子炉級」がどのくらいあったかはちょっとわかりませんが、2016年現在では国内外を合わせておよそ48トン、長崎級の原爆に換算すると5000発、あるいは6000発に相当するというようなことがよく言われています。こういう話は以前の記事でも何度か触れてきましたが。

日本では長らく「原子炉級のプルトニウムでは核兵器は作れない」というような論説が主流だったようですが、原子炉級だからと言って核兵器が作れないというのは神話であり、実際には一線級には劣るとしても上手くやれば20キロトン、あるいはそれ以上の威力も期待できる(小沢氏の発言はそのような事情を理解した上でのことだったのかは不明ですが)ようです。

事実、アメリカやIAEAなども決して原子炉級を過小評価しておらず、そもそも核兵器に転用できないのであれば、余剰プルトニウム問題など最初から存在しない。そう考えれば、たしかに日本は核兵器を数千発保有し得る能力があるのかもしれない。

しかし、たったこれだけの材料で「日本がその気になれば」というのはずいぶんと気の早い話です。たしかに4000とか5000といった見出しは人によっては魅力的であり、あるいは驚異的にも映ることは確かでしょうが。

‖ 「かもしれない核物質」を信頼するわけにはいかない

原子炉級のプルトニウムが核兵器に転用可能であるとして、それが実際に実用可能であるのか。当然、実際に日本でそのような研究を誰も行ったことはないわけで、やったこともないような代物でいきなり本番(核武装)というのは、常識的には考えられません。

すなわち、兵器級と比較して核爆発の信頼性に劣る原子炉級プルトニウムを、使用者が意図して確実に爆発させるタイミングや威力も含めた仕様書・レシピ、弾頭化するための最適な形状や重量等、そういうデータが一切ありません。

この件についてアメリカは、実際に1960年代に実験を行った(だから恐れている)そうなので知ってるのでしょうが、もちろん教えてくれませんよw

‖ 核実験も気軽にできるわけではない

そしてやはり最重要と言えるのが核実験ですね。原子炉級のプルトニウムが実際に使えることを証明しないことには何も始まらない。核開発は理屈より実践、核実験を行ってこその核保有国です。

しかし、肝心の核実験場の確保。これが難しい。国内であれば限界集落や諸島、国外であれば発展途上国に活路を求めるとしても、そんなことがまかり通るとも思えません。

このように、日本は核兵器に転用し得る材料があるとはいえ、材料研究だけで少なくとも数年、3年5年はかかるでしょうし、核実験場の確保であれば10年単位というか、見つからない可能性の方が高い。

材料の話1つ取って見ても、現実は「一朝で数千発」とはほど遠いというわけです。

その2につづく

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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