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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

原発問題:日常的な思考を奪ういくつかの悪習慣 

‖ 非日常的な思考は万病のもと

社会とは日常生活の集合体であるとすれば、そこから生じた問題の解決のためには、やはり日常的な思考・感覚で臨む必要がある・・。

このように考えれば、原発・エネルギー問題もまた、その解決のためには日常的な思考や感覚が求められるわけで、そこに非日常的なものが介在する余地を極力減らすこと。このような姿勢が必要なのではないかと思います。

そういうわけで今回は、原発・エネルギー問題を考える上で、「私ならこういうのはスルー・深く関わらない」といった話です。

‖ 原発反対デモ

「カネより命!」 原発再稼働、京都・滋賀から抗議
2017/5/18 http://archive.is/LFxXH #京都新聞

一部抜粋

停止していた原子炉が、わずか1年余りで息を吹き返した。17日に再稼働した高浜原発4号機(福井県高浜町)。施設周辺では反対派の市民らが激しい抗議活動を展開し、地元や隣接する京都や滋賀の住民からも不安の声が上がった。一方、経済関係者は歓迎や安堵を口にした。
 「原発いらない」「電気は足りてる」「カネより命」。高浜原発の周囲では、京滋など全国から集まった約100人(主催団体発表)が再稼働に対して反対のシュプレヒコールを繰り返した。



このようなデモに参加するようになると、どうしても「カネより命」、「命が大事」、「子供を守れ!」などと言ってしまいがちになるわけですが、やはりこのような「よくあるフレーズ」は、日常的な感覚・思考からはかけ離れたものであると言わざるを得ません。

この話は以前にも述べたとおりではありますが、実社会においては、命の価値はデモの参加者が絶叫するほど高いものではないのです。

もちろん、「命よりカネ」とは言いませんが、この辺のさじ加減を理解できない人向けであれば、あえてそのとおりだと断じても差し支えないでしょうか。

デモという非日常の空間、特殊な環境下で、奇抜な格好で辺り構わず大声で叫ぶ。そこで一般的な感覚からはかけ離れた思考を共有し合い、えも言われぬ一体感を得る。すなわち、内輪ネタが世間の常識であると錯覚してしまうリスク。これがあるので、私は原則、原発反対デモはオススメしません。

断食で再稼働反対訴え 関電本店前で中嶌哲演氏
2017年5月17日 http://archive.is/biSm3 #フクナワ

一部抜粋

原発反対福井県民会議の代表委員で、同県小浜市の明通寺住職の中嶌哲演さん(75)は、15日から大阪市北区の関西電力本店前で断食を行い、関電に高浜原発の再稼働断念を求めている。断食は17日まで3日間を予定している。

 中嶌さんは「福島原発事故の被災者に心を寄せ、抜本的で包括的な救済を願うとともに、若狭で第2の福島を繰り返させてはいけない」と願い、1日3食を抜く断食をしている。



ちょっと余談のような話になりますが、原発反対デモでは「ハンスト(=ハンガーストライキ・断食)」の手法を取るスタイルも流行っているようですが、そもそも、なぜ原発に反対でハンストを行わなければならないのか?ちょっとよくわかりませんね。

それから、ハンストの成功のためにカンパを募るとか、ますます理解に苦しみます。

デモに関連する話で言えば、YOUTUBEやニコニコ生放送、ツイキャスなど。このような動画配信・ライブ中継を介し、デモに間接的に参加する行動も注意が必要です。現場の一体感は、たとえ間接的であっても視聴者の意識に入り込んできます。

‖ 反原発のまとめ系サイト・ネット掲示板・ツイッターなど

まとめ系サイトの弊害については今更述べるまでもないでしょうが、これはジャンルに関わらず、たとえ「反原発」的なところでも問題だと思います。原発問題に便乗して、その実、わけもなく騒ぎ立ててアクセス稼ぎが目的、というところも少なくないです。このようなサイトから「原発の真実」を学んだところで、それを情報強者とは言いません。

そして、まとめ系サイトのネタ元の多くがネット掲示板やツイッターの情報を流用したものですから注意が必要です。個人的には、原発の情報を得るために、たとえば2ちゃんねる等に答えを求めるのは無謀であると思います。

‖ 非日常的な思考を増長させる、エコーチェンバー効果

エコーチェンバーとは、「反響板」というような意味です。こちらの話は今回の話の全てに通じる部分もあるとは言えるでしょうが、特にSNS・ツイッター関連でよく使われる用語ですね。

ツイッター、フェイスブックなどのSNSサービスが顕著ですが、これらはその仕様上、同じような思考を共有する人たちのみでコミュニティーが形成される傾向があります。考え方の異なる人はそもそもフォローやリツイートの対象とはならず、ブロックのような措置も可能ですが、そのような機能の影響もあるのでしょう。

このように、ある意味では「閉じた」空間における共通認識を、同じ思考を持つ仲間内で繰り返し意見を述べ合い、褒め合う。さながら、反響板を設置した部屋でワイワイ騒いでいるうちに、それが世間の常識であると錯覚してしまう。これをエコーチェンバー効果などと言ったりするのですが。

付け加えると、ツイッターの「反原発系」ユーザーは、原発反対に加えて何かと陰謀論やオカルトじみた話を好み、積極的に盛ってくる方が多い印象なので、私は安易に原発に反対だからといってフォローしたりはしないように心がけています。

今回の話をまとめると、原発・エネルギー問題を考える上では、とにかく群れないこと。そして安易にネットに情報を求めない。何事もひとりが一番。そんなところでしょうか。

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カテゴリ: 冷やしたぬき放談

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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