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冷やし狸庵

原発・エネルギー問題を静かに考えるブログ。

【脱原発は】自民党の秋本真利衆議院議員はただちに離党するべきである【反党行為】 

‖ もはや私たちが原発に反対する意味はない

反原発に脱原発、そして原発ゼロ。その名称や定議論はさておき、世間ではすっかり「原発反対=共産党」という誤ったイメージが定着しています。これは日本人の原子力にかんする正しい歴史認識が根本的に欠如していることが原因です。

とはいえ、いくら私が正しい認識に基づいて誤りを指摘したところで、もはや手遅れ。世間では真偽を問わず、ひとたび広く定着したイメージにはいまさら抗いようがないのです。3.11後の原発反対論は老衰による終末期を迎えた共産党の若干の延命措置としての意義があった。これが後の歴史家による評価となることは間違いありません。

‖ 当然、秋本議員の「脱原発」も意味はない

原発の「げ」の字も出さず 自民・秋本議員が水戸で講演 「地元の事情踏まえた」
2021/3/28 https://archive.ph/uf32f #東京新聞

一部抜粋

脱原発派で知られる自民党の秋本真利衆院議員(千葉9区)は28日、水戸市で開かれた自著「自民党発!『原発のない国へ』宣言」(東京新聞)の出版記念講演会で講演した。ただ、同党の二階俊博幹事長が「原発の話は一切しない」と確約することを講演の条件にしたため、原発には触れなかった。



自民党一の“脱原発男”講演会で「脱原発」言わず なぜ?
2021/3/29 https://archive.ph/L58vR #mbs

 「『お前、本当に自民党なのか』と、『何だったら違う政党行った方が良いんじゃないの』と何度も言われました」(自民党 秋本真利衆院議員)



 「再生可能エネルギー以外の全ての電源は、2050年にこの国に残っているエネルギーは再生可能エネルギー以外にはないと」(自民党 秋本真利衆院議員)



自民党の秋本真利(まさとし)衆議院議員。秋本議員は自民党内では数少ない脱原発派ということで私も以前から注目しています。しかし、仮に私が秋本議員の同僚という立場であれば、やはり「何だったら共産党に‥」と何度も忠告していたと思います。

自民党は何がどうなろうと原発をやめません。そもそも安全性や代替エネルギー、それからコスト論などは一切関係ないのです。なぜなら誰も最初からこうすればやめますなんて一言も言っていないからです。

それから秋本議員のような立場は自民党にとっては迷惑なだけでしょう。今回のような講演会でも、秋本議員が原発に触れる触れないに関わらず、どの道野党議員からは話の内容を自民党・政権批判のネタに使われるだけですから。つまり、既にこの問題は超党派で取り組む余地のあるテーマでもなく、より本質的には脱原発・秋本真利という存在そのものが反党行為なのです。したがって二階幹事長は秋本議員を徹底的に処罰するべきです。次期衆院選の公認取り消しやいきなり離党勧告も面白いと思います。

反原発本を出版した自民党3期生議員、「石破元幹事長」「宮沢元経産相」との確執を暴露
2020/12/28 https://archive.ph/qO7lf #デイリー新潮

秋本氏がこのほど上梓したのが『自民党発! 「原発のない国へ」』(東京新聞)。自民党議員らしからぬ過激なタイトルも目を引くが、注目すべきは内容だ。これまで「反原発」の信条を貫き通してきた過程で、党の名だたる重鎮たちから“嫌がらせ”を受けてきたと暴露しているのだ。
 最も恨み深く描かれているのが、石破茂元幹事長である。



石破茂幹事長(※当時)からは「1期生の最大の仕事は2期生になることだ。ペナルティを課して若い芽を摘みたくはない」と励ましていただき、その時は「ああ、いい幹事長」だなと思いました〉



秋本議員は原発問題で石破議員幹事長(当時)からひどいイジメを受けたという認識のようですが、これは「若い芽を摘みたくはない」に見られるように、その真相は親心だったのではないかと思います。

‖ 「再エネ族議員」の歩むべき道

秋本真利 自民党発!「原発のない国へ」宣言 2050年カーボンニュートラル実現に向けて
https://bit.ly/3sBTpxZ #東京新聞

秋本議員はご自身で「再エネ族議員」を自認するほどの再エネ推進派です。だからこそ余計なところには首を突っ込まず、ひたすら再エネ一本で利権を作れば良いじゃないですか。

別に再エネ推進だからといって原発をdisらければならないというルールはありません。それに「原発 vs 再エネ」みたいなヘンな対立構図は日本だけだと思いますよ?客観的に見れば原発と再エネは同じ非炭素電源であり、それぞれの仕様上は相互補完の関係にあります。さらに言えば、国際的にはそのうち原発も再エネの一つとしてカテゴライズされると私は見ています。

脱原発の意図は電力会社の安全意識を高めるための叱咤激励だったなど、発言はいつでも撤回できます。そして、自民党は既に再エネの主力電源化にむけて取り組んでいるわけですから。

秋本議員はもう少し大人になるべきだと思います。

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【プルサーマルしかない】原発問題:北海道新聞の社説は支離滅裂!【脱原発】 

‖ 「しかない」と決めつける道新社説の不合理について

去年の7/30付の道新社説「原燃再処理工場 政策の破綻を直視せよ」について。私は日課の新聞チェックでこちらに目を通したところ、ある箇所のトンでもない記述に思わず「なんじゃこれは!?」と声に出してしまったのです。

原燃再処理工場 政策の破綻を直視せよ
2020/7/30 https://archive.vn/jMyMC #北海道新聞

一部抜粋

 青森県六ケ所村にある日本原燃の使用済み核燃料再処理工場が、原子力規制委員会の安全審査に正式合格した。
 全国の原発で使い終わった核燃料から、プルトニウムとウランを取り出して再利用する施設だ。



再処理工場は年間約8トンのプルトニウムを抽出する能力を持つ。だが、海外の再処理委託分を含め日本は既に約47トンを保有する。
 プルトニウムは核兵器の原料となり、北朝鮮などの核開発を受け、国際的な監視が強まった。日米原子力協定に基づき、日本は削減を進めなければならない。
 保有分はウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料として、原発の炉心の一部でプルサーマル発電に利用するしかない。



そのトンでもないというのは日本のプルトニウムの利用(削減)にかんする記述です。社説によるとそれは日米原子力協定に基づいて削減しなければならない、しかもプルサーマルしかないと断定しているのです。

官邸前抗議(山本太郎、三宅洋平、吉良よし子、丸子安子)
2013/07/05 #iwj



まさか道新の論説委員は、山本太郎や胡散臭いサングラスの人が「日米原子力協定ガー!」なんて絶叫してるこの動画、あるいは矢部宏治のトンデモ本あたりを参考にしたのでしょうか?もしそうなら直ちに社説をやめるべきですね。

とはいえ、たしかに日本のプルトニウム問題については「しかない」という表現は正しいのです。もちろんその意味は先の社説や原発事故に便乗した山師の主張などとは全く異なるのですが‥。

そもそも論として、日米原子力協定には日本側にプルトニウムの利用や削減義務、あるいはその方法についての規定は一切記載されていません。そのため社説のように、協定に基づいてプルサーマルしかないという話などありえないのです。

日米原子力協定は2018年の7月に30年の満期を迎えて自動延長に切り替わっています。協定の延長に際しては事前にアメリカ側からプルトニウムの利用計画にかんする問い合わせがあったようですが、これはもちろん無いほうがおかしいに決まってます。そして日本は以前より「プルトニウム=資源(財産)」という考え方で一貫しているので、担当者からは従来どおり当面はプルサーマルで使用するという説明があったはずです。

つまりこれは、日本にプルトニウムを利用する以外の選択肢を持つ予定がない以上、アメリカはそれに納得する「しかない」という話なのです。

ちなみに、仮に協定が終了しても日米双方は協定の核不拡散にかんする規定については引き続き効力を有する取り決め(そうしないと核兵器が無制限に拡散するリスクがあるので)のため、どのみち日本はプルトニウム問題から逃れることはできないのです。少なくとも時の政府が理性的であり続ける限りは。

プルサーマル 唐突な北電の凍結撤回
2021/3/2 https://archive.vn/Ykg4E #北海道新聞

 使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを再利用するプルサーマル発電について、北海道電力が泊原発3号機で実施する方針を示した。
 10年前にこの計画のシンポジウムで社員の「やらせ問題」が発覚し凍結していたが、事実上撤回した形だ。あまりに唐突すぎる。



MOX燃料を使うと核分裂を加減する制御棒の効きが低下することが指摘される。北電の技術力で対応できるのか疑問だ。
 北電の経営ビジョンでは泊再稼働後に電気料金値下げを図る。だが通常のウラン燃料に比べ、MOX燃料製造費用は7、8倍高いとされる。採算に合うのか。



そして割と最近の社説がコレですよ。つい半年ほど前には「しかない」と主張していたのに、今度はなぜか北電のプルサーマル計画に反対しているのです。そんなやらせ問題とか制御棒の効きやら北電の技術力に製造費用が7、8倍高いとか一切関係ないですよ。とにかくプルサーマルしかないんですから。北電の社長も「道新の社説を読んで決意を新たにした」と反論すれば面白いと思いますよ。

一体道新は何を根拠にあんなデタラメを書いたのでしょうか?あのような記述では、まるで日本はアメリカの命令でプルサーマルをやるしかないのだと多くの読者が誤解してしまったと思います。私は「しかない」の根拠について道新宛てに2回にわたって問い合わせのメールを送ってみたのですが、残念ながら回答はいただけませんでした。

‖ 道新はその日の気分で原発推進・反対と主張する

泊審査の長期化 脱原発へ転換探る時だ
2020/12/21 https://archive.vn/qTZLS #北海道新聞

北海道電力が泊原発1~3号機再稼働を申請して7年半になる。
 同時期に審査が始まった福井県の関西電力大飯3、4号機など5原発9基は、4年以内にすべて原子力規制委員会の合格を得た。
 泊はいまだ敷地内の活断層の有無が確定しておらず、耐震設計の目安となる揺れ(基準地震動)の設定にすら至っていない。

・・

道内は太陽光、地熱など再エネの宝庫だ。原発依存の他の電力大手と一線を画した道を進めば、道民や国民の支持も広がるはずだ。



道新はプルトニウムの削減はプルサーマルしかないと言いながら、同時に脱原発・再エネ推進という奇妙なスタンスです。たしかに道新の原発にかんする社説の大半は最近のものを含めて否定的な内容なのですが‥。

社説 太陽光出力制御 原発優先ルール再考を
2018/10/19 https://archive.fo/VEiJb #北海道新聞

一部抜粋

 国のルールでは、原発より先に太陽光や風力の出力を制限すると定めている。
 だが原発優遇の出力制御が度重なると、再生可能エネルギーの使い勝手が悪くなり、普及に水を差さないか。再生エネを将来の主力電源とする国の方針に逆行する。

・・

 原発は出力を一度下げると、戻すのに時間がかかり、経済産業省は出力調整が難しいと説明する。しかし、ドイツやフランスでは需要に応じて原発の出力を調整しており、不可能ではない。



そうかと思えば遠回しに原発の出力調整による活用をオススメする主張がポンと出てくるのです。当面の再稼働すら困難な状況でさらに一足飛びに出力調整までやろうなんて話は、さすがに読売や産経あたりでも自重すると思います。

こんな感じで道新の社説はとてもユニークだと思います。

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【原発推進】 日本共産党は原発を絶対に諦めない(付録編) 

タイトルは「付録」なのですが、内容的には先日投稿した【書評】 『人新世の「資本論」』の補足(1~3、特に2)とリンクする部分があります。

‖ 前衛・不破論文とその後の綱領改定の整合性

2018年の前衛・不破論文では原発も含めた核エネルギー利用(原子力平和利用)が「未来社会の大方針」とされているにもかかわらわらず、2020年1月の綱領改定では「原発ゼロ」となっている。これは明らかな矛盾です。

前衛 2018年11月号 不破哲三「「資本論」のなかの未来社会論』 第2回
2018/10 https://amzn.to/2Gwn6d7

しかし、人類の知能の進歩、人間の科学技術の進歩には、限度がありません。現在でも、宇宙生成の神秘や物質の根源への探求は日々進んでいます。いつの日にか、軍事研究の副産物としてではなく、真理を探求する科学の王道のなかから、安全の保障された新たな方式で人類が核エネルギーを利用できる時代にも到達できるでしょう。そういう日をめざして、科学研究に取り組むことが、未来社会の大方向となることを、私は確信しています。



日本共産党綱領(2020年1月18日 一部改定)
2020/1/18 https://bit.ly/3rJ7OHX

4 原子力発電所は廃止し、核燃料サイクルから撤退し、「原発ゼロの日本」をつくる。気候変動から人類の未来を守るため早期に「温室効果ガス排出量実質ゼロ」を実現する。環境とエネルギー自給率の引き上げを重視し、再生可能エネルギーへの抜本的転換をはかる。



【原発推進】 日本共産党は原発を絶対に諦めない その4
2020/01/28
https://hiyashitanukian.blog.fc2.com/blog-entry-1902.html

矛盾の詳細については過去記事を参照いただければと思います。

そして、実はこの話には続きがあります。それは綱領改定の直後、私は例によって共産党中央委員会にメールで問い合わせたのでした。

というわけで今回は付録編として、その内容を紹介します。本来は昨年ブログの更新を止める前に紹介する予定だったのですが。

日本共産党の綱領改定(エネルギー政策)にかんする質問です
2020/1/26 https://bit.ly/30KPmCV

こちらが質問のメールになります。内容は先程のとおり、不破論文と綱領改定の整合性についてです。廃止であれば当然将来にわたって廃止のはず‥ですよね?という私の質問に対して、中央委員会が「もちろんそうです!」などとありえない回答はしないことを想定して。

RE:日本共産党の綱領改定(エネルギー政策)にかんする質問です
2020/1/30 https://bit.ly/3veCvXX

ご指摘の不破論文は、「いつの日か・・・・」と述べているように、将来の日本で原発ゼロの対策がつらぬかれたうえで、さらにその先にどういう展望がうまれうだろうかということについての理論的な可能性を述べたものです。
 これに対して、今回の一部綱領改定で、第4章の民主主義革命で実現すべき政策的に盛り込まれた内容は、今後5~10年の射程で、日本社会の民主的革命をどう実現していくかを述べているもので、原発問題についての2012年の「原発ゼロ」提言をはじめとして、福島第一原発事故を受けてのわたし達の認識の発展と、それにもとづく党の政策的立場の到達点を盛り込んだものです。
 そのことを区別して理解していただきたいと思います。
(日本共産党中央委員会 質問回答係)



このように、中央委員会は不破論文を誤りとはせず、「理論的な可能性」と回答してます。たしかに、もし誤りなら不破氏はとっくの昔に引退・除名処分になってますよね。でも、「確信」と「可能性」では全然違います。そして今(回答では5~10年)原発をゼロにしてしまうと将来の活用もゼロになってしまいます。やはり中央委員会の回答には様々な矛盾や疑問が含まれています。

(2)RE:日本共産党の綱領改定(エネルギー政策)にかんする質問です
2020/1/30 https://bit.ly/2ORRO7X

こちらは回答へのお礼です。共産党は様々な場面で「原発と人類(もしくは人間)は共存できない」というように、一般的には将来的な利用も否定していると受け取らかねない発言をしています。このような誤解をまねく表現は訂正するべきなのではないかと思いました。

共産党はある意味、「原子力ムラ」なんかよりもずっと原発にどん欲です。彼らはそもそも、今の(資本主義)原発の発電能力(1基あたり100万kW超)でさえ全然少ないと考えてるフシがありますからね。それが社会主義になれば、そのポテンシャルを完全かつ絶対安全に引き出すことができると考えているのです。

そして、共産党の原発への飽くなき欲望の根っこにあるのが生産力至上主義です。彼らはそのような意味でマルクスを解釈しているために、無限の生産力を前提とした「必要に応じて受け取る」社会の実現には原発は不可欠の要素と考えているのでしょう。やはり斎藤幸平氏は、共産党をスルーしてバスターニおじさんを批判したのは致命的な誤りだったと思います。

‖ 綱領の「原発ゼロ」、実は綱領違反!

共産党綱領の原発ゼロ。たしかに綱領には「原発ゼロの日本」と記載されているのでゼロのはず。ところが、実は同時に原発ゼロは綱領違反という自己矛盾も抱えているのです。この問題についてご存じの方はホントに少ないと思います。

日本共産党綱領(2020年1月18日 一部改定)
2020/1/18 https://bit.ly/38zg5GV #日本共産党

発達した資本主義国での社会主義的変革は、特別の困難性をもつとともに、豊かで壮大な可能性をもった事業である。この変革は、生産手段の社会化を土台に、資本主義のもとでつくりだされた高度な生産力、経済を社会的に規制・管理するしくみ、国民の生活と権利を守るルール、自由と民主主義の諸制度と国民のたたかいの歴史的経験、人間の豊かな個性などの成果を、継承し発展させることによって、実現される。



日本共産党第8回中央委員会総会 綱領一部改定案についての提案報告 幹部会委員長 志位和夫
2019/11/16 https://bit.ly/3ctHs6u #日本共産党

一部抜粋

これまで資本主義から離脱して社会主義をめざす探究を行った国ぐには、革命ののち、まずは社会主義の土台である発達した経済そのものを建設することに迫られ、そのことに起因する多くの困難、試行錯誤、失敗に直面しました。

 しかし、発達した資本主義国における社会主義的変革には、そのような困難は生じないでしょう。資本主義のもとでつくりだされた高度な生産力をそっくり引き継ぐとともに、生産手段の社会化によって、資本主義経済につきもののさまざまな浪費が一掃され、社会と経済の飛躍的な発展への道が開かれるでしょう。



志位和夫@shiikazuo
2020/11/20 https://bit.ly/3lbiYTs #twitter

(BS11で)発達した資本主義国から社会主義に踏み出した経験を、人類はもっていません。高度な生産力、自由と民主主義の制度、豊かな個性などを、すべて引き継いで花開かせるのが私たちの展望です。旧ソ連や中国のような社会になるはずがないじゃないですか。



綱領によれば、社会主義は「資本主義のもとで作り出された高度な生産力、‥などの成果を、継承し発展させることによって」実現される。そして、志位委員長は資本主義で作り出された生産力を「そっくり」あるいは「すべて」引き継ぐと仰っています。

資本主義が作り出した高度な生産力。ということは原発といえども高度な生産力に違いなく、これをゼロにすることは矛盾ではないかと思います。ちなみに現在の日本の原発は、建設中も含めるとおよそ3700万kWの設備容量となっています。そこから生産される電力は、大まかに言えば年間電力需要(1兆kWh)の3割に相当します。さらに共産党は火力発電所(特に石炭火力)の廃止も主張しています。火力発電所の設備容量は原発の数倍の規模になります。

資本主義がこれまでに作り出した高度で巨大な生産力を「そっくり」、あるいは「すべて」放棄して、それで一体どのようにすれば社会と経済の飛躍的な発展への道が開かれるというのでしょうか?

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【書評】 『人新世の「資本論」』の補足 その3 

そもそも人間にとって「理性」は持続可能か?(Amazon 2)
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‖ P294~295 都市果樹園(エディブル・シティ)についてを追加

斎藤幸平・著『人新世の「資本論」』
2020/9 https://bit.ly/2MJWyvY #集英社

一部抜粋

例えば、二〇一九年にデンマークのコペンハーゲンは、誰もが無料で食べてよい、「公共の果樹」を市内に植えることを決めた8。今後、自然体が都市果樹園(エディブル・シティ)になるのだ。これは、現代版の入会地であり、「コモンズの復権」といっていい。資本主義の論理とは相容れない、ラディカルな潤沢さがここにはある。



エディブル・シティ(Edible city)。私は「食用街」と訳したほうがカッコいいと思ってるんですが、まあそれはそれとして‥。

著者が脱成長コミュニズムに繋がる事例として絶賛するエディブル・シティ。しかし、こんなとんでもないモノを造ったらそのうちクマ(野生動物)が出るんじゃない?なんて私はとても不安に思ったのでした。こういうところで作られる食べ物は、やはり栄養価が高くて美味しいものばかりになるはず。ということは、エディブル・シティは人間以外にとってもエディブルになるに決まっているのです。

コペンハーゲン市に「公共」の果樹。街全体を都市果樹園に
2020/1/18 https://bit.ly/2MZnE2i #ideasforgood

もしもあなたの住んでいる街から、自由に食料を採集することを勧められたら驚くだろうか。街中に植えてある木から、自由に食べ物を取っていいと言われたら、身の回りの自然を見渡すきっかけになりそうだ。

デンマークの首都であるコペンハーゲン市は2019年、誰もが無料で果物を取って食べることができる「公共の果樹」を市内に植えることを決めた。公園や教会の中庭などに木を植えて街全体を都市果樹園にすることで、人々が果物の味を楽しみつつ地域とのつながりを強めることを目指す。植物の維持費を抑えるため、りんご、ブラックベリー、エルダーベリーなど、丈夫に育つ地元の果物を植えることを検討しているという。



こちらが先の抜粋箇所のソースに該当する記事(「‥植えることをを決めた8」は巻末の参考文献・第7章の8という意味)なのですが、やはりどれも美味しそうなものばかり。というよりコレは、あえてクマの大好物をチョイスしてませんか?

同市の決定に関して、果物が自転車道に落ちて滑る危険性があるという意見や、蜂が集まって困ると懸念する声も出ているという。しかし、市議会議員のアストリッド・アラー氏は「人通りの多い道ではなく公園に植えるなど、適切な空間づくりをすれば問題はない」とし、蜂については「それが自然なのだから、受け入れるべき」と、回答している。同氏は「生物多様性を守るためには、そのぶん快適性を犠牲にすることもあるだろう」と話す。



コペンハーゲンでは専ら「ハチ」が問題視されているようなのですが、呆れたことに「それが自然なのだから」とは‥。こんなの全然自然じゃないですしw

そしてこれは、到底ハチだけで済む問題ではありません。ハチが大量に集まればそれを捕食する、より大型の生き物が訪れる→そしてもっと大型の‥という食物連鎖ですね。真面目な話、このような不自然な街で生じたトラブルの責任問題は一体誰が対応することになるのでしょうか。

Nスタ545:札幌の住宅街にクマ出没
2019/04/24


札幌の公園で野生動物が異常行動…原因は大量のエサやりか 年間約130キロ 北大が調査【HTB北海道ニュース】
2021/01/28


人間と野生動物の距離感についてはとても難しい問題があります。少なくともエディブル・シティにラディカルな潤沢さなどあるはずがないのです。

‖ P314~319 ブルシット・ジョブとエッセンシャル・ワークについての補足

ブルシット・ジョブとエッセンシャル・ワーク。つまり不要な仕事と有用な仕事について。私はここで、著者がエッセンシャルと評価するケア労働(介護労働など)がブルシットになり得ると悲観しているのですが、その理由は都合により省略しています。

生産手段の共有化+経済活動の減速による定常型(循環型)社会=脱成長コミュニズム。このような社会では、環境に悪影響を与えるとみなされる要素はすべて価値を持たなくなる・排除される可能性が高いと思います。

そのような意味では、例えば長寿。私は本書を読んで、果たしてコモンの住人は何歳まで生きることが許されるのか?と考えてしまいました。環境破壊の要因の一つとしては長寿という問題もあります。現代のようなクオリティー・オブ・ライフも含めた人生80年超、あるいは100年時代は、まさに外部化の賜物です。本書の表現を借りるならば、人々が抱く長寿へのあこがれは即物的で米国型資本主義の価値観に基づいた「悪い自由」になるはずです。そのためケア労働は人をムダに長生きさせる(=環境破壊)だけのブルシット・ジョブになり得るのではないか?と悲観したというわけです。

本書にかんする疑問はまだまだ尽きないのですが、まあこのへんでお開きということに。

‖ まとめ

本書は「マルクス=脱成長」という主役のキャラ設定に合わせて、その他の配役や様々な事例を”斎藤幸平流”に脚色している印象です。そのため本書を教養を深める目的で手に取ったとしても、そこから得られた知識の大半はおそらく他では(怖くて)使えません。「大洪水よ、わが亡き後に来たれ!」やジェボンズのパラドックス。私はこのあたりで本書から学ぶことはひとつもないと確信して、とにかく警戒しながら読み進めたのです。

私にはとても不自然に映る脚色の数々。そこから察するに、肝心のマルクスの新解釈もその信憑性は疑わしいと見るのが妥当という結論なのです。

-おわり-

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【書評】 『人新世の「資本論」』の補足 その2 

そもそも人間にとって「理性」は持続可能か?(Amazon 2)
2021年1月18日 https://amzn.to/2N77u71

今回から書評の「【3】 脚色が多めな気がする」の補足(追記)になります。

‖ 左派加速主義についての補足

P206~の左派加速主義。著者はこの章あるいはP351~従来の左派の問題点で、なぜ日本共産党(JCP)を批判しなかったのかと疑問に思います。

斎藤幸平・著『人新世の「資本論」』
2020/9 https://bit.ly/2MJWyvY #集英社

一部抜粋

 加速主義は、持続可能な成長を追い求める。資本主義の技術革新の先にあるコミュニズムにおいては、完全に持続可能な経済成長が可能になると主張するのだ。
 例えば、イギリスの若手ジャーナリスト、アーロン・バスターニはこの可能性を追求して、「完全にオートメーション化された豪奢(ごうしゃ)なコミュニズム」(fully automated luxury communism)を提起し、人気を博している。



左派加速主義(生産力至上主義)=JCP。これほど読者にとって身近な実例は他にないはずなのに、著者はなぜか「アーロン・バスターニ」という知らないおじさんをやり玉に挙げているのです。

日本共産党 綱領(1961年)
1961/7/27 #日本共産党

一部抜粋

 (五)日本人民の真の自由と幸福は、社会主義の建設をつうじてのみ実現される。資本主義制度にもとづくいっさいの搾取からの開放、まずしさからの最終的な解放を保障するものは、労働者階級の権力、すなわちプロレタリアート独裁の確立、生産手段の社会化、生産力のゆたかな発展をもたらす社会主義的な計画経済である。‥
 社会主義社会は共産主義者会の第一段階である。この段階においては人による人のいっさいの搾取が根絶され、階級による社会の分断はおわる。この社会主義日本では「各人は能力におうじてはたらき、労働におうじて報酬をうける」原則が実現され、これまでになく高い物質的繁栄開花と精神的開花、ひろい人民のための民主主義が保障される。共産主義のたかい段階では、生産力のすばらしい発展と社会生活のあたらしい内容がうちたてられるとともに、人間の知的労働と肉体労働の差別が消えさるだけでなく、「各人は能力におうじてはたらき、必要におうじて生産物をうけとる」ことができるだろう。



JCPによる独裁と生産手段の社会化が生産力のゆたかな発展をもたらす。日本は社会主義になればこれまでになく高い物質的繁栄がもたらされる。そして最終的には必要に応じてうけとる社会へ。これこそ著者が徹底批判する典型的な左派加速主義に違いありません。

ここで「60年も前の綱領を持ち出す反共攻撃!」なんてツッコミが入るかも知れません。しかしJCPにとっての61年綱領は、その内容の正しさが歴史的に証明されたと自画自賛するほどの特別な意味合いを持っています。実際にこれまでに行われたすべての「改定」は、その位置付けにかかわらず61年綱領がたたき台になっているのです。

日本共産党 綱領(2020年一部改定)
2020/1/18 https://bit.ly/3qgbRdn #日本共産党

一部抜粋

 五、 社会主義・共産主義の社会をめざして
 (一六)日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。
 社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。‥



 生産手段の社会化は、生産と経済の推進力を資本の利潤追求から社会および社会の構成員の物質的精神的な生活の発展に移し、経済の計画的な運営によって、くりかえしの不況を取り除き、環境破壊や社会的格差の拡大などへの有効な規制を可能にする。
 生産手段の社会化は、経済を利潤第一主義の狭い枠組みから解放することによって、人間社会を支える物質的生産力の新たな飛躍的な発展の条件をつくりだす。



(一七)社会主義的変革は、‥
 その出発点となるのは、社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成であり、国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力がつくられることである。



このように、最新の綱領においても生産力にかんする内容はほとんど変わっていません。プロレタリア独裁のような物々しい表現は「社会主義をめざす権力」に変わっていますが意味は同じです。

61年綱領には存在しなかった環境問題。これは、実はJCPにとっては70年代あたりまではほとんど興味の対象外のテーマでした。それが次第に環境問題=資本主義の矛盾ととらえ、それは社会主義になれば解決する‥というニュアンスに変化していくのです。これぞまさに、無限の生産力と無公害化の両立→究極の食べ飲み放題社会への道です。

それから原発。著者は「原子力を民主的に管理するのは無理である」として、コモン(脱成長コミュニズム)における原発の活用を否定しています。しかしJCPは原発推進です。公約や綱領などの「ゼロ」はアマチュア向けの方便であり、ハッキリ言えばウソです。

著者はおそらくJCPの手の内を全て承知の上で忖度・遠慮したからこそ、代わりにバスターニおじさんを標的にしたのでしょう。私が本書を読んで一番ガッカリしたのはこのあたりでなのでした。

その3につづく

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【書評】 『人新世の「資本論」』の補足 その1 

‖ 補足についての注意事項

斎藤幸平・著『人新世の「資本論」』
2020/9 https://bit.ly/2MJWyvY #集英社

一部抜粋

人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するためには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!



話題のベストセラー、斎藤幸平・著『人新世の「資本論」』。ちなみに人新世は「ひとしんせい」と読みます。

本書のテーマは「脱成長」です。資本主義の影響で地球環境は破局の危機を迎えている。その打開策は脱成長コミュニズム(社会主義)しかないという内容です。

脱成長というパワーワード、原発反対派は大好きですよね。実際本書はそういう人達の間でとても評価が高いのです。原発ゼロを利用して脱成長を広める不純な動機で本書をオススメする‥。そんなだからいつまで経っても原発がやめられないんですよw

そもそも人間にとって「理性」は持続可能か?(Amazon 2)
2021年1月18日 https://amzn.to/2N77u71

以前に予告したとおり、今回の連載では私が事前にアマゾンに投稿した書評をベースに補足していきたいと思います。

‖ 半分は特に珍しくもない話

本書で多くのページが割かれている帝国主義的生活様式、プラネタリーバウンダリー、ドーナツ経済化にオランダの誤謬など‥。つまり外部化(社会)かんする議論。どうも読者の多くはこのあたりで「目からウロコ」らしいのですが、こんな話は資本主義に関係なく当たり前じゃないですかwそもそも人間(というより生物全般)は常に自身に必要なものを外部から入手し、それらを消費した上で不要なものを捨てる(=外部化)こと無しには生存することは出来ないからです。

そして、先のようなおそらく一般的には見慣れない単語(実は私もw)の数々は、実は全て「エントロピー」で翻訳可能です。原発問題であれば、例えば高木仁三郎、室田武、それから槌田敦氏。諸先生方の書籍に目を通した機会があれば、少なくとも本書の半分は特に珍しくもないという感想になると思います。

循環型社会を実現するための20の視点
https://bit.ly/3e1X17Z #エントロピー学会

2. 生命系の特徴はその定常性にある。「エントロピー増大の法則」の存在にもかかわらず生命系がエントロピーを一定に保って生きていられるのは、エントロピーを捨てる過程があり、そのエントロピーを受け取る環境が定常的に存在するからである。

生命系に低エントロピーの物質・エネルギーを供給し、高エントロピーの物質・エネルギーを受け取る外界が環境である。もし環境が閉じていれば、生命系との相互作用の結果環境のエントロピーが増大し、生命系に対して環境としての役割を果たしえなくなる。環境が環境として機能しうるためには、環境のエントロピーを受け取る「環境の環境」が必要である。



今からブックオフに出かける必要はありません。エントロピーについてはこれだけで十分です。

‖ 【2】マルクスはエコロジストだったのか?(補足)

晩年のマルクスは生産力至上主義を放棄して脱成長コミュニズムを構想した。著者はマルクスの研究ノートからそのような解釈に至ったとのことですが、私はやはり疑問に思います。19世紀の欧州(特にイギリス)。資本主義の発展にともない資本家の富がますます拡大する一方で労働者の貧困が深刻化する。そのような殺伐とした時代で社会の変革のために思案したマルクスが、「万国の労働者よ、足るを知ろう! 」ではいくらなんでも夢がないと思うのです。

コモンと潤沢さ 斎藤幸平 大阪市立大学(PDF)
2021/1/7 https://bit.ly/2MFC0oe

物質代謝の亀裂より一部抜粋

資本主義的生産は、それが大中心地に集積させる都市人口がますます優勢になるにつれて、一方では、社会の歴史的原動力を集積するが、他方では、人間と土地とのあいだの物質代謝を攪乱する。すなわち、人間により食料や衣料の形で消費された土地成分の土地へ帰ることを、したがって土地肥沃度の持続の永久的自然条件を攪乱する。こうして資本主義的生産様式は、都市労働者の肉体的健康と農村労働者の精神生活を同時に破壊する。



本書でも触れられている資本論の一節、物質代謝の亀裂・撹乱(かくらん)。「資本主義的生産は‥」というただし書きから察するに、マルクスはこれらを資本主義の法則・限界と認識して、だからこそ社会主義なら環境を破壊せずにさらなる生産が可能と考えたのではないでしょうか。

マルクス ゴータ綱領批判
1875 https://bit.ly/3b6QpDo #wikipedia

共産主義社会のより高次の段階において、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり、それとともに精神的労働と肉体的労働との対立もなくなったのち、また、労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、生活にとってまっさきに必要なこととなったのち、また、諸個人の全面的な発展につれて彼らの生産能力をも成長し、協同組合的な富がそのすべての泉から溢れるばかりに湧き出るようになったのち――その時はじめて、ブルジョア的権利の狭い地平は完全に踏み越えられ、そして社会はその旗にこう書くことができる。各人からはその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!



社会の生産手段を資本家に代わり労働者が支配する。そして各個人の全面的な発展と生産力の成長により溢れるばかりの富を手にしたのち、究極的には「必要に応じて受け取る」社会が実現する。要約した文章をさらに砕いて表現すれば、無限の生産力と無公害化の両立=食べ飲み放題の社会(社会主義)の実現です。どうです?これなら夢があると思いませんか。

やはりマルクス=生産力至上主義者と解釈するほうが理にかなっているような気がします。

その2につづく

 マルクス・エンゲルスの『共産党宣言』の有名な一節「万国の労働者よ、団結せよ!」から拝借した私の造語です。
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【原発ゼロ】枝野代表、やっぱりダメですねw 

今回は2/18日に投稿した記事の続きです。

‖ 枝野さんが一転しておかしなことを言い始めた!

日仏共同テレビ局France10及川健二@esperanto2600
2019/2/26 https://archive.vn/nu73S #twitter

枝野幸男さんの原発ゼロとは何かを確認するために今日は質問に立ちました。質問の途中でエダノンが横槍を入れた為に、十分な出来の質問とはなりませんでした。

月曜日のぶら下がり取材で再確認しますが、立憲民主党は

・稼働してる原発の停止
・再稼働反対

という立場で間違いないようです。


エダノンと口論になってしまいましたが、氏のいう原発ゼロとは廃炉作業、核のゴミの問題解決など気の遠くなるまで含めてのゼロで、政権の座につくなり、原発ゼロに動き出す、とのこと。原発は停止する、再稼働はしないとのことで一安心です。



この前枝野代表が珍しくまともな事を仰っていたので見直したばかりなんですが‥。政権交代して稼働している原発が止められる?何ウソを言ってるんでしょうか。先日の西日本新聞の記事で騒ぎになっている影響か、テキトーなことを言ってその場をごまかすつもりじゃないですか?

こういう話は知事に原発は止められないのと同じパターンです。知事と同様に、総理にも原発を直ちにどうこうできる法的な権限はありません。もちろん政権交代したからご祝儀で何とかなる‥!みたいなノリもありません。もしそれがとおるなら、それでは現在の原発の稼働状況は一体どういうことなのかという話になりますし。

弊社と過熱激論バトル!枝野幸男は原発ゼロ・財政出動をあきらめたのか?立憲民主党・代表、定例会見 2021 02 26


記者:ここで確認したいのは、政権の座に就いても、今稼働している原発を止めることは難しいということなのか‥

枝野:そんなことはまったく言っていません。まったくそんなこと言っていません。



枝野代表は稼働している原発を止めることは難しくないと考えているのであれば、その根拠を示す必要があります。ところが記者会見ではそれが欠けているのです。

それから記者の印象としては「稼働している原発の停止」なわけですが、枝野代表はそれについてハッキリとは仰っていないですよね。会見は「まったく言っていません」から話のペースが枝野代表になっていて、どうにも記者との質疑応答が噛み合っていないのです。

‖ ウソは身を滅ぼす

「原発をやめるのは簡単じゃない」枝野氏に聞く
2021/2/14
1/2 https://archive.vn/fjmjN
2/2 https://archive.vn/8bweh #西日本新聞

 -今後、原子力政策をどう進めるべきだとお考えですか。

 「原発の使用済み核燃料の行き先を決めないことには、少なくとも原子力発電をやめると宣言することはできません。使用済み核燃料は、ごみではない約束で預かってもらっているものです。再利用する資源として預かってもらっているから、やめたとなったらその瞬間にごみになってしまう。この約束を破ってしまったら、政府が信用されなくなります。ごみの行き先を決めないと、やめるとは言えない。でも、どこも引き受けてくれないからすぐには決められない。原発をやめるということは簡単なことじゃない」

 -立憲民主党は綱領に一日も早い「原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会」の実現を掲げています。

 「使用済み核燃料の話は、政権を取ったとしてもたぶん5年、10年、水面下でいろんな努力をしない限り無理です。だから政権の座に就いたら急に(原発ゼロを実現)できるとか、そんなのはありえない」



原発ゼロの最大のハードルは青森問題。資源と考えている使用済み核燃料をごみにしてしまうと信用を失う。だから原発をやめるのは簡単ではない。ということは、たとえ政権交代が実現したところで少なくとも相当期間原発は稼働するはずです。ホントに原発をやめたいのであれば、この部分は民主主義のコスト・リスクとして受け入れる必要があります。反対派はここを「ヤダ~!」と駄々をこねるからダメなんです。

先の記者会見で枝野代表は、「ゼロ」について廃炉や使用済み核燃料の処分も含めた長期的な意味(だから難しい)だと仰っています。そのうえで、政権交代が実現すれば原発は即時停止となる。ツイッター上ではそんな擁護論も見られますが、そんなかつての「最低でも県外」みたいな話は、じゃあやってみなよと実際に権限を渡された途端に破たんします。そして政府の信用だけがゼロになります。

‖ ごみの行き先が決まったらどうなるのか?

それからご安心ください。枝野代表が懸念している「ごみの行き先(最終処分場)」については、昨年から話題になっている北海道寿都町(すっつちょう)、もしくは神恵内村(かもえないむら)で決まるでしょう。

そしてめでたく最終処分場の誘致が決まった途端に、実は原発はやめられなくなるのです。新聞の社説でなどでも見られる「原発への賛否にかかわず処分場の議論は必要」という一般常識。これが曲者なんですよね。

この問題についてはまた次の機会に。

---
2021/3/5 追記
‖ やはり新立民は結党の時点で原発ゼロを撤回している

「原発をやめるのは簡単じゃない」枝野氏に聞く
2021/2/14
1/2 https://archive.vn/fjmjN
2/2 https://archive.vn/8bweh #西日本新聞

 -立憲民主党としては、カーボンニュートラルを原発を使わずに実現すべきだと。政権を取った時の道筋をどう示しますか。
 「皆さん道筋を示せと言うが、道筋を示すのは無責任だと思います。つまり使用済み核燃料の話もあるし、原油価格がどうなるかも分からない。カーボンニュートラルには技術革新も必要で、何年やったらできますなんて無責任なことは言えない」



こちらの「原油価格がどうなるかも分からない」という箇所。これは、不測の事態が生じれば原発を活用する可能性は否定できないという意味でしょうね。それから、ここで枝野代表に「日本は石油火力はほとんど使ってないぞ!」なんてツッコミを入れてはいけません。ここはそういう意味ではないのです。

しかし、原発は仕様上、そのような用途での活用は不向きです。長期停止期間中に、ふいに今日明日とか1ヶ月後に頼むよ‥!なんてムチャクチャな使い方はできません。原発の電力をちゃんとした供給計画に織り込むのであれば、それは日常的に活用する方が理にかなっているのです。そのため原発を不測の事態に備えるのであればこそ、それを直ちに止めることはできなくなります。

それから枝野代表は、原発を活用せずにカーボンニュートラルを実現できる方法は分からないので、そこで筋道を示すのは無責任だと仰っています。ということは、やはり原発を直ちに止めることはできなくなります。

立・国と連合が理念発表 「原発ゼロ」明記せず
2020年8月27日 https://archive.vn/SvSua #日本経済新聞

立民の福山哲郎幹事長は記者会見で「原子力産業で働いている人や電力の安定供給について忘れてはならない」と語った。立民が2018年に国会提出した「原発ゼロ基本法案」については新党結成後に党内で議論する考えを示した。



昨年の段階で原発ゼロを放棄する「仕込み」もありましたよね。

たしかに新立民は現状では再稼働には反対しています。しかし、それはあくまで野党という立場でのパフォーマンスでしょう。ある意味野党は騒ぐのが仕事ですから。自民党政権の再稼働には反対。しかし政権交代が実現した場合はその限りではない。それが枝野代表が仰るリアリスト(リアリズム)の本当の意味なのでしょう。

新立民が掲げる一日も早い「原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会」。それは自民党政権が管理する原発のゼロ。そして政権交代が実現すれば当然原発を活用する。落とし所はそんな感じになるような気がします。これは以前に紹介した原発カロリーゼロ理論の一例ですね。

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エコロジスト=原発反対という思い込み 

今回も「おしながき」に無かった話題なのですが、やはり気まぐれです。

‖ グレタさんがちょっとした話題に

最近ツイッター上では「あのグレタが原発賛成と言い始めた!」なんて話題になっているようです。グレタさんがそう言ったとするソースをもとに、「反原発の連中は息してるのw」みたいな。つまりこれは推進派による話題ということになります。

グレタさんが原発に理解があることは既に広く知られているはず。それがなぜ今になって最新情報として拡散されているのか?私はモニターの前で首を傾げてしまいました。

グレタさんと原発にかんする話題については、このとおり過去記事にもあります。

原発推進派は一刻も早く「安倍おろし」を
2020/01/16
https://hiyashitanukian.blog.fc2.com/blog-entry-1898.html

さらにこのような記事もあります。こちらも以前に紹介する予定だったのですが‥。

COP25に参加、Nuclear for Climate (N4C)関係活動支援
2019年12月23日 https://archive.vn/WqPn6 #日本原子力産業協会

そのほか、COP25開催期間中に、N4C若手メンバーがブースおよび会場にてノベルティ配布、イベント参加・発言など様々な理解活動を行ったほか、6日にマドリード市内で行われた、スウェーデンの16歳環境活動家グレタ・トゥンベリ氏が発足させた「Fridays for Future」デモにも参加し、積極的に原子力の役割をアピールしました。



グレタさんが原発に理解があるからこそ、彼女が主催するデモに原産協のスタッフが参加しているのです。

しかし先のソースでは、グレタさんは原発について何も語っていません。というより、実は彼女の発言自体が何一つ無いのです。

The Birthplace of Flying Shame and Greta Thunberg Warms to Nuclear Energy
2019/10/23 https://archive.vn/0Rd2n #bloomberg

一部抜粋

Nuclear energy advocates are sensing an opening in the environment shaming unleashed by Sweden’s most famous teenager, Greta Thunberg.



“Two years ago none of the political parties wanted to talk about nuclear power, now everyone is talking about it,” said Marcus Eriksson, president of the Swedish nuclear society and one of the organizers of the event. “It reflects a stronger opinion that the technology has an important role to play to combat climate change.”



記事のタイトルは、フライング・シェイム(化石燃料による飛行機の廃止運動)とグレタさんの故郷(スウェーデン)で原子力を再評価する動きがある‥と言ったところでしょうか。内容としては、グレタというカリスマの出現が原発推進の呼び水になると業界関係者が期待しているというものです。

それにしても、なぜこの記事でグレタさんが原発賛成という理解なのか不思議ですよねw

日本の原発推進・反対の両方が勘違いしがちなのが、エコロジスト=原発反対という思い込みです。どちらも不勉強なのでエコロジスト=再エネ推進・原発反対という誤った固定観念があるから間違えるのです。

米大統領選の構図を決める? 民主党“左派の星”
2019/06/27 https://archive.vn/NF5dG #読売新聞

グリーン・ニューディールとは、再生可能エネルギー資源に対する積極的な財政出動を行うことで、経済効果と気候変動対策の両方を同時に追い求める政策である。産業界の声を代弁する共和党の反対により、なかなか立法化は進んでいないが、グリーン・ニューディールはオカシオコルテス氏の看板政策として、全米で知られるようになった。



アメリカ民主党下院議員のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(通称AOC)氏。彼女もグレタさんと同様に、世界的な再エネ推進派として知られています。しかし、ここで「左派」という単語だけを見てAOC=原発反対と考えるのは完全に間違いです。それは「原発反対=左翼」という根拠のない思い込みが原因です。

[米国] 「グリーン・ニューディール」の提案議員、原子力を排除せず
2019年6月24日 https://archive.vn/NF5dG #電気事業連合会

2019年5月6日付の政治情報誌によれば、「グリーン・ニューディール」の提案者である民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス議員は、ニューヨーク州で廃止されるインディアン・ポイント原子力発電所について尋ねられた際、「原子力にはオープンマインド」と答えた。
同議員は「数十年前に建設された原子力発電所と現在開発されつつある、より高度な技術とは区別している」とし、‥



Ocasio-Cortez: Green New Deal ‘Leaves the Door Open’ on Nuclear
2019/5/6 https://archive.vn/H7dIW #morningconsult

Green New Deal sponsor Alexandria Ocasio-Cortez still has an “open mind” on nuclear energy and differentiates between the decades-old plants in the United States and more advanced technologies under development, but she also backs the upcoming shutdown of the Indian Point nuclear reactors in New York in 2020-21.



これは特に日本のリベラル系メディアの影響でしょうね。グレタさんやAOCが再エネ推進で原発反対みたいな記事を書くので読み手が勘違いしてしまうのです。これには原発問題をリベラル(本来は自由の意味、日本では大雑把に言えば左翼)運動に転化させたいという下心があるからでしょう。

環境や原発問題をイデオロギーで考えてはダメなのです。あるいはこれらの問題を特定オデオロギーの教化に利用しようとするから誤解が生じるのです。客観的に見てエコロジストと原発はとても相性が良いのです。

‖ 21世紀は「下からの導入」の時代か?

高木仁三郎・著『原子力神話からの崩壊』によれば、各国の原発は国家が主導する「上からの導入」からスタートしたと指摘しています。アメリカや日本の事例に限らず、確かにこれまでの原発導入はいずれも国家が主体です。

しかし、どうも昨今の脱炭素にかんする動向を眺めていると、私は今後は逆に「下からの導入」の時代になるのでは?と危惧しています。それは市民の側から原発を推進するように国に対して強力に働きかけるという展開です。

脱炭素化へ「再エネと原子力、共存を」。米団体、賛否超え合致
2019/3/18 https://archive.vn/eQ6v7 #電気新聞

日本では対立的に語られることも多い原子力発電と再生可能エネルギー。米国では「脱炭素化」の旗印のもと、原子力に否定的だった団体も推進団体も同様に、原子力と再生可能エネの共存を主張する傾向がみられるようになった。



昨年11月の報告書で「再生可能エネへの投資促進と同時に、連邦政府や州政府による既設原子力への財政支援も必要だ」と訴えたのは、原子力否定派として知られていた科学者団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」だ。



UCSは、「原子力に代わる低炭素技術なしには、電力会社はガスや石炭火力に頼る可能性があり、温室効果ガスの排出を増やす」と指摘。再生可能エネ技術は急には育たず、原子力との共存が必要になるという考えを示した。



Closing nuclear plants risks rise in greenhouse gas emissions, report warns
2018/11/14 https://archive.vn/TYMa2 #thegurdian

Looming climate breakdown is opening fresh divisions among environmentalists over nuclear energy, with a major advocacy group calling for struggling nuclear plants to be propped up to avoid losing their low-carbon power.



“We are running out of time to make the emissions reductions needed to avoid the worst impacts of the climate crisis,” said Steve Clemmer, director of energy research for the UCS climate and energy program. “Losing a low-carbon source of electricity like nuclear power is going to make decarbonization even harder than it already is. Nuclear has risks, it’s not a perfect technology, but there have to be trade-offs.”



憂慮する科学者同盟(UCS)は原発に批判的な科学者集団で、各国の原発反対派にとってのブレーン的な役割を果たしてきました。UCSと言えば、原発事故の確率はヤンキースタジアムに隕石が当たるほど低いと豪語したラスムッセン教授との論争が語り草になっています。しかし彼らは天国のラスムッセン教授に土下座する道を選んだのです。原発はリスクがありコスト高でも残すべき(トレードオフ)とは、まさに歴史的な転換ですね。

原発推進派、各国で勢い 「温暖化対策に有効」―東日本大震災9年
2020年03月09日 https://archive.vn/iUCnj #時事通信

原発推進派が世界各地で勢いづいている。2011年3月の東京電力福島第1原発事故以来、逆風にさらされてきた原発。温室効果ガス削減を求める「パリ協定」が今年始まるなど脱炭素化に向かう動きが本格化する中、潮目が変わりつつある。
 「温室ガス削減に真剣なら、排出ゼロの技術を無視することはできない」。オーストラリア下院環境エネルギー委員会は昨年12月、法律で禁止された原発について、導入の可能性を調査した結果を公表。オブライエン委員長は、事故リスクやコストを抑えた小型炉などの解禁を政府に迫った。



世界の原発動向に詳しい三菱総合研究所原子力安全事業本部は「独では事故の不安感が薄れてきたこともあり、従来の支持層が表立って発言し始めた。脱原発を決めた韓国や台湾では、再生可能エネルギーの割高感などから現政策に反対する声が高まっている」と分析した。



私もCO2をはじめとした温室効果ガスの削減には関心がありますが、かと言ってなりふり構わず急進的に進めることには反対です。しかし、近年は言わば下からのエコ・ファシズム(本来のファシズムは上からの意味合いが強い)の時代で、グレタさんのような過激なキャラがますますその傾向に拍車をかけている印象です。エコロジストにとってはとにかくCO2さえ出なければ何でも構わない。脱CO2に伴う様々なリスクについては、そんなのどうでもいいじゃないというノリです。

エコ・ファシズムの激化による原発の下からの導入。下からの圧力によって国家が原発から逃れらなくなる逆転の時代へ。今後はグレタさんが日本の原発ゼロを許さないと殴り込みをかけてくる展開も大いにありえると思います。

とりあえずまともな推進派は、とにかくグレタさんを味方につけてエコ・ファシズムを徹底的に煽ることですね。

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【朗報】原発を「ゼロ」にするのはとっても簡単です!【カロリーゼロ】 

今回は先日の短期集中連載のおしながきには入っていない話題ですが、まあこれも気まぐれというわけです。

‖ 枝野さんが珍しくまともなことを‥!

「原発をやめるのは簡単じゃない」枝野氏に聞く
2021/2/14
1/2 https://archive.vn/fjmjN
2/2 https://archive.vn/8bweh #西日本新聞

一部抜粋

 -今後、原子力政策をどう進めるべきだとお考えですか。

 「原発の使用済み核燃料の行き先を決めないことには、少なくとも原子力発電をやめると宣言することはできません。使用済み核燃料は、ごみではない約束で預かってもらっているものです。再利用する資源として預かってもらっているから、やめたとなったらその瞬間にごみになってしまう。この約束を破ってしまったら、政府が信用されなくなります。ごみの行き先を決めないと、やめるとは言えない。でも、どこも引き受けてくれないからすぐには決められない。原発をやめるということは簡単なことじゃない」

 -立憲民主党は綱領に一日も早い「原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会」の実現を掲げています。

 「使用済み核燃料の話は、政権を取ったとしてもたぶん5年、10年、水面下でいろんな努力をしない限り無理です。だから政権の座に就いたら急に(原発ゼロを実現)できるとか、そんなのはありえない」



一体どうしたのでしょうか?立憲民主党(新立民)の枝野幸男代表が珍しくまともなことを仰っている‥!使用済み核燃料の行き先を決めないと原発はやめられない。再処理する約束を破ったらどうなるか‥?このような正論の数々は、私もこれまでに繰り返し述べてきました。例えば直近ではこんな記事を投稿しています。

原発の推進を義務付ける法律・契約等の一例 その2
2019/05/05 https://bit.ly/2tW88up

枝野氏の発言にはツイッター上の原発反対派も怒り心頭な様子ですが、これはあきらかに見当違いなのです。なぜなら正しいのは100%枝野氏であり私なのですから。政権交代して即時ゼロ!そんな子どもじみた主張はいい加減に卒業しないと。もうじき東日本の震災から10年ですよ?あの人たちはいつまでバカを続けるつもりなのでしょうか。

‖ 新立民は結党の時点で原発ゼロを撤回した可能性が高い

しかし、枝野氏は単に時間がかかるという意味で仰ったわけではないと思います。その真意は、有権者に対する原発ゼロ政策の事実上の撤回宣言です。やはり昨年の連合との一件が効いているのでしょう。

立憲、国民、連合の三者 コロナ踏まえ新理念を発表
2020/08/27 https://archive.vn/xRbe7 #テレ朝NEWS

一部抜粋

立憲・国民両党が結成する合流新党の懸案、エネルギー政策については、民間の労働組合が反発している「原発ゼロ」という表現は避けて「低廉で安定かつ低炭素なエネルギーシステムを確立する」としました。



旧立民は連合との理念を共有した後に新立民としてスタートしています。ちょうどその頃、私は新旧立民のエネルギー政策を調べていたのです。

立憲民主党 綱領(旧)
2017/12/26 https://archive.vn/wip/WDYEW

 私たちは、原発ゼロを一日も早く実現するため、具体的なプロセスを進めるとともに、東日本大震災からの復興を実現します。



立憲民主党 綱領(新)
2020/9/15 https://archive.vn/wip/Qwuop

 私たちは、地域ごとの特性を生かした再生可能エネルギーを基本とする分散型エネルギー社会を構築し、あらゆる政策資源を投入して、原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会を一日も早く実現します。



新旧の原発ゼロを比較すると微妙に違うことがわかります。旧立民では「原発ゼロを一日も早く実現」で、新立民は「原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会を一日も早く実現」となっています。

ここで、私はどちらもゼロだからといって額面どおりには考えませんでした。旧綱領はたしかにゼロ。対して新綱領は原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会となっています。つまり、この場合は「原発に依存しない社会=ゼロ」ということになります。依存の定義は定かではありませんが、例えば原発比率が49%ならセーフなのでゼロです。これは某お笑いコンビの「カロリーゼロ理論」みたいな話ですが、私の解釈はそんなところです。新綱領は大胆にもゼロの定義を変えているのです。

そしてこのような理論は連合のエネルギー政策と合致します。

資料:連合北海道第27回年次大会1号議案-その6
2014 https://bit.ly/3b8TTE0

(c)連合は2012年9月、「連合の新たなエネルギー政策」を策定し、「原子力エネルギーに代わるエネルギー源の確保、再生可能エネルギーの積極推進および省エネの推進を前提として、中長期的に原子力エネルギーに対する依存度を低減していき、最終的には原子力エネルギーに依存しない社会を目指していく」としました。



連合については、以前に目を通したの記事の印象から、必ずしも原発にこだわっているわけではないと考えていました。しかし、連合の政策を注意深く読んでみると、「最終的には原子力エネルギーに依存しない社会」なんですよね。つまりゼロにはならないのです。

そのようなわけで、枝野氏としては「お前らいい加減に察しろよ!」といったところでしょうか。

‖ 原発「ゼロ」は簡単です!

原発ゼロは、ゼロの定義さえ見直せば簡単に実現できます。反対派も新立民が原発をやめないからと言って支持しないとか、いまさらそんな投票行動はとれないはず。ならば彼らも思い切ってゼロの定義を変えれば良いのです。例えば福島原発のような第二世代型の原発はゼロ。そして現行の第三世代型によるリプレースや新増設、あるいは今後導入される予定の小型原発はセーフ。つまり第二世代型原発のカロリーゼロ理論。これも立派な原発ゼロです。

全ての原発を廃止する原発ゼロは非現実的。目指すは一日も早い古い原発のゼロ!今後は反対派自らがそのような主張に転換せざるを得ない流れになると予想します。

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【原発問題】 短期集中連載のお知らせ 

更新を終了して丸1年‥。まあちょっとした気まぐれというわけです。

‖ おしながき

(1) 【書評】 『人新世の「資本論」』の補足
(2) 【原発推進】 日本共産党は原発を絶対に諦めない(付録編)
(3) 【北海道と核のごみ】 受け入れ反対派を徹底的に批判する

全てタイトルは仮称ですが、このような順番で記事を投稿する予定です。全部で5~6回くらいでしょうか。

‖ (1)人新世の~について

そもそも人間にとって「理性」は持続可能か?(Amazon 2)
2021年1月18日 https://amzn.to/2N77u71

斎藤幸平・著『人新世の「資本論」』については、既にアマゾンで書評を投稿しています。ブログではその補足という位置づけになります。こちらをお通し代わりにしばらくお待ちいただければと思います。

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カテゴリ: 未分類

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも  ジャンル: 政治・経済

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